人間のどうしようもない暗い一面をじんわりと炙り出した恐ろしい小説・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2498)】
カワヅザクラ(写真1、2)が咲き始めました。マンサク(写真3)、アカバナマンサク(写真4)が咲いています。サンシュユ(写真5)が蕾を付けています。ホオジロ(写真6~8)、ツグミ(写真9~11)をカメラに収めました。因みに、本日の歩数は14,037でした。
閑話休題、『壁の向こうへ続く道』(シャーリイ・ジャクスン著、渡辺庸子訳、文遊社)は、人々の極ありふれた日常生活の描写を通じて、人間のどうしようもない暗い一面をじんわりと炙り出した恐ろしい小説です。
アメリカ・カリフォルニア州のカブリリョという町のペッパー通りに住んでいるデズモンド家、メリアム家、ドナルド家、ロバーツ家、ランサム=ジョーンズ家など12家を巡る日常生活が描かれていきます。
最終章は、ランサム=ジョーンズ家が自宅で催した親睦のためのガーデン・パーティの場面です。
「このパーティに、(ユダヤ人の)マリリン・パールマンは招待されていなかった。マック夫人もそうだったし、マーティン家のジョージとハリーも同様だった。パーティの計画が持ち上がったとき、ミス・タイラー(ランサム=ジョーンズ夫人の独身の妹)はこう釘を刺した。『当然、テレル家は呼ばないわよね』。これは、ちゃんとした立場にある、立派な隣人のための催しだった」。
「ミス・タイラーが身を乗り出して、ハリエット(メリアム家の娘)の腕に手を置いた。『でも、ロバーツ家の人間を招いたのは失敗だったと、わたしにはわかったの。あの女は、とてつもなく下品よ』。・・・ミス・タイラーはハリエットをじっと見た。『この先、あなたが美人になることは、当然ながら、決してないけど、大きな魅力が持てるように訓練することはできるわ。美しさなんてものは、必ず衰えるものなのよ、必ずね』。ハリエットは、なにか言わなければと思った。感情を抑えた、落ち着きのある言葉を。しかし、ミス・タイラーがすぐさま続けた。『たとえば、このわたし。わたしも、昔はとても美しかったなんて、きっと今のあなたには考えられないでしょうね』。彼女が誘いをかけるように小首をかしげ、ハリエットは思わず言った。『いいえ、きっとお美しかったと思います、ミス・タイラー』。・・・『あなたは運がいいわ、決して美人になることはないんだから』。ハリエットは、自分がこの先何か月か、いや、きっと死ぬまでずっと、今の言葉を気に病むことになるだろうと、すでにわかっていた。それで、くぐもった声で言った。『わたし、今、体重を落としているんです』。『あなたがそんなに太っているのが悪い、って話じゃないの』。ミス・タイラーが厳しく言った。『あなたには、美しい女性ならではの雰囲気というものが、とにかく、まるでないって話。たとえば、あなたはこの先一生、太った人間の歩き方で歩くはずよ。本当に太っていても、いなくてもね』。ハリエットは、自分が泣き出しそうになっているのを感じた」。かなり酷い場面だが、これなど、まだ序の口だったのです。
「ドナルド夫人とロバーツ夫人がとげを含んだ言葉の応酬を続けているさなか、デズモンド夫人が台所の戸口に姿を見せた。それに気がついたのは夫のデズモンド氏だけだったが、自分を見ている妻の表情にただならぬものを感じた彼は、すぐさま廊下に出た。台所から見えない場所まで来ると、デズモンド夫人は夫の腕を荒々しくつかみ、自分のそばへと乱暴に引き寄せた。彼は驚きに言葉を失った。『キャロラインはどこ?』。デズモンド夫人が問いただした。『あの子はどこにいるの?』」。
パーティに連れられてきていたデズモンド家の3歳の娘・キャロラインの姿が見えないと大騒ぎになり、キャロライン捜しが始まります。「ある種の強烈な興奮が、その場の空気を支配していた。パールマン夫人は(娘の)マリリンの背後で『なんて、かわいそうな人かしら』と感傷的につぶやき、ドナルド夫人は『もっと早くに気づいてさえいたら』という文句をくり返していたが、集まった人々のなかで、キャロライン・デズモンドが無事に戻ってくることを心の底から願っている者は、ひとりもいなかった。彼らの心を一番に占めているのは、喜びの感情だった。なぜなら、今夜のこの恐怖、生存競争の非情な指先は、明かりがともる自分たちの安全な家のすぐそばに迫って、自分たちに触れそうになっていたのに、どの家の安全も脅かすことなく、立ち去っていったのだから。そう、たったひとつの家を除いて。苦痛によってもたらされる、激しい快楽がある。だからこそ、苦悩するデズモンド氏の姿を、彼らは貪欲な目で見つめ、そのあと、罪悪感に駆られて視線をそらした」。
この後、悲惨な状態が次々と明らかにされていくが、他人の不幸を喜ぶことなどできない善良な私には、これ以上、書き続けることはとてもできません。