榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

夫のDVから逃げ出した女が、冤罪で警察に追われる男に出会った・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2564)】

【読書クラブ 本好きですか? 2022年4月25日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2564)

千葉・野田の清水公園で、行き合ったバード・ウォッチャーから15分前にノビタキの雄(写真1)に出会ったとの情報を得て、暫く粘ったが、出現せず(涙)。掲載写真はM.L.氏が撮影したもの。イロハモミジ(写真2~6)の新緑、咲き競うさまざまなツツジ(写真7~15)を堪能しました。因みに、本日の歩数は18,669でした。

閑話休題、『作家の値うち――令和の超ブックガイド』(小川榮太郎著、飛鳥新社)で、89点と高く評価されている『無花果(いちじく)の森』(小池真理子著、新潮文庫)を手にしました。

著名な映画監督・新谷吉彦の妻・泉は、夫の家庭内暴力に耐えかねて逃亡します。偶々辿り着いた寂れた地方都市で、80歳の画家・天坊八重子の住み込み家政婦という仕事にありつくことができました。その仕事に慣れてきた頃、滅多に外出しない八重子のお供をして、八重子の馴染みのおかま・サクラがやっている場末のバーを訪れます。そのバーでアルバイトとして働いている男の顔を見て、泉は驚きます。吉彦のDVスキャンダルを記事にしようと、家出する前の泉に取材を申し込んできて、泉に突っ撥ねられた週刊誌記者の塚本鉄治だったからです。「胸が苦しかった。頭の中が混乱していた。幾つも浮かびあがってくる問いに、何ひとつ答えることができない。何故、彼がここにいるのか。何故、人の目をしのぶようにして、闇の中に引きこもっているのか。何が目的なのか」。

ある日、「至急、お会いして話したく思っています」という鉄治からの手紙が玄関ドアの隙間に挟まっているのを見つけます。悩んだ末に、勇気を奮って会いにいった泉は、鉄治が覚醒剤疑惑で追いかけていた芸能プロダクションの大物経営者の罠に嵌まり、覚醒剤所持の濡れ衣を着せられて警察から追われていることを知ります。

夫の支配下から失踪した38歳の女と、警察から逃亡を続ける42歳の男。同じ境遇に置かれた二人の間に、追い詰められた者同士の思いが激しく燃え上がります。「泉も彼を見つめ返した。交尾の前の、猛禽類のような強い視線が交わり合った。次の瞬間、鉄治は泉を抱き寄せた。座っていたスツールが、危うく倒れそうになるほどの勢いだった。泉は身体を彼に預けながら、彼の腕にしがみついた。接吻が始まった。互いの口の中をかきまわすような、烈しい接吻だった。・・・営みだけが、気が狂ったように深く熱く、続けられていった。あらゆる言葉を束ねたかのような視線が、互いを貫いていった。言葉は不要だった。ほとんど夜のように暗くなった室内に、窓の外の稲妻が光った。青い光が一瞬、二人の裸身を浮き上がらせた。自分の上で稲妻を受け、死人のように青く光った鉄治の背に、泉は手をまわした。閉じた目の奥で、世界が明滅した。何かが破壊され、そして、即座に瑞々しく再生されていくのがわかった。泉はあたり憚らぬ声をあげた。それに合わせるようにして、鉄治が牡のうめき声をもらした。雷鳴が轟いた。天空が破裂したのでないかと思われるような、凄まじい音があたりを包んだ。二人が果てた後も、外のどしゃ降りはいつまでも止まなかった」。この件(くだり)に至り、この作品は推理小説ではなく、恋愛小説なのだと気づきました。それも、情念が肌にまとわりつくような、濃密な恋愛小説だということに。

しかし、突然、別れの日がやってきます。

ページをめくるのももどかしく、一気に読み通してしまいました。