榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

聖書の言葉をこんなに誤解していたとは・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2907)】

【読書クラブ 本好きですか? 2023年4月2日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2907)

シジュウカラ(写真1)、アオジの雌(写真2)、ハクセキレイ(写真3)、ツグミ(写真4)、ムクドリ(写真5)、カワラバト(ドバト。写真6)、金魚掬いの屋台のキンギョ(写真7)、メダカ(写真8)をカメラに収めました。オオイヌノフグリ(写真9)、シャガ(写真10~12)、ハナズオウ(写真13、14)が咲いています。

閑話休題、『人生を深める おとな聖書――教養とはこういうものだ。』(MARO著、ポプラ社)を読んだおかげで、私が聖書の言葉を誤解していたことに気づくことができました。

例えば、●貧しい人は幸いである、●目には目を、歯には歯を、●人はパンだけで生きるのではない、●狭い門から入りなさい――です。

●貧しい人は幸いである
「貧しい人が幸せであるとはどういうことでしょう。ルカの福音書では単に『貧しい人』とされていますが、実はマタイの福音書では『心の貧しい者』とされています。ですからここで意味されているのは経済的に貧しい人ということではなさそうです。・・・ここで言われている『心の貧しい人』というのは『自信を失ってしまった人』とか『人生の指針を失ってしまった人』のような人たちを指します。・・・欠点が多く、神様に助けられる機会の多い人は、それだけ神様との関係を構築する機会も多いということです。だからこそ、心の弱みをたくさん持っている人こそ、幸いであると聖書は教えているんです。そして何より、その弱さを自分で認めて神様の前に隠さずに告白できる人こそが、真に幸せな人なのだと教えているのです」。

●目には目を、歯には歯を
「『目には目を、歯には歯を』と言うと、『相手にされたことを、同じだけやりかえしてやれ』と、復讐を肯定し推奨するフレーズだと思っている方が少なくありません。しかし実は聖書が意図しているのはこれとは正反対に、過剰な復讐を抑制することなんです。このフレーズが真に意図することは『目をつぶされたとしても、相手の目をつぶすだけにとどめなさい。歯を折られたとしても、相手の歯を折るだけにとどめておきなさい』ということです。・・・復讐のエスカレートを止めたわけです」。

●人はパンだけで生きるのではない
「『人はパンだけで生きるのではない』も、よく誤解されているフレーズの一つです。このフレーズは『人は物質的に満たされるだけでなく、精神的・文化的にも満たされなくては生きていけないのである』と、こんな意味で広く理解されています。・・・しかしこの解釈はこの直後のフレーズを見るだけで明らかに誤りだとわかります。このフレーズの直後には『神の口から出る一つ一つのことばで生きる』とあります。つまりこれは『神の口から出る一つ一つのことば=聖書のことばが、日々のパンと同じように、あるいはそれ以上に人間にとって不可欠なものである』という教えです。決して『物質的に満たされるだけでなく、人間には娯楽も必要なのだ』というような意味ではないんです」。

●狭い門から入りなさい
「『狭い門から入りなさい』は往々にして『楽な道を選ばず、苦労の多い道を生きなさい』とかそんな意味に使われるフレーズです。・・・(しかし、聖書には)この『狭い門』は『見出す者はわずか』だと記されています。・・・聖書が教えているのは他の人がなかなか見つけられないくらいに細い道を、決然として進みなさい、ということです。多くの人がそこを進みたがる整備された道に殺到するのではなく、誰も進みたがらないような細い道を進みなさいということです」。