榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

「秩序」を体現する女神、「自由」を掲げる女神との間で揺れ動く男の物語・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3040)】

【読書クラブ 本好きですか? 2023年8月14日号】 情熱的読書人間のないしょ話(3040)

急な豪雨でびしょ濡れになってしまいました。その雨上がり――。ずぶ濡れのヒヨドリ(写真1)が鳴いています。アブラゼミ(写真2)が3匹も私にぶつかってきました。ツクツクボウシの雄(写真3)、アオドウガネ(写真4)、オンブバッタ(写真5)、ツマグロヒョウモンの雌(写真6)、シオカラトンボの雄(写真7)、ハスの花(写真8)、花床(写真9、10)、果床(写真11)をカメラに収めました。ノウゼンカズラ(写真12、13)、アメリカノウゼンカズラ(写真14、15)が咲いています。

閑話休題、恋愛というものは時代により国により環境により、さまざまな様相を呈するのは当然のことだが、恋する者の心理の根本的な部分は共通していると、私は考えています。この意味で、1870年代のアメリカ・ニューヨークの上流階級の恋愛を描いた『無垢の時代』(イーディス・ウォートン著、河島弘美訳、岩波文庫)は、恋愛心理小説の一級品と言えるでしょう。

上流階級の青年ニューランド・アーチャーは、同じ上流階級の令嬢メイ・ウェランドとの婚約発表を間近に控えた晩に、歌劇場のボックス席に突然姿を現した幼馴染のエレン・オレンスカと再会します。エレンはメイの従姉で、今は伯爵夫人となっているが、ヨーロッパに残してきた横暴な夫との離婚を望んでいます。

メイは――
「この純白に輝く、善そのもののような人(メイ)が傍らにいてくれるなら、これからどんな新しい人生が待っていることだろうか!」。

「メイの正直そうな額、まっすぐな目、無垢で明るい口元を、ニューランドは新しい畏怖の念で見た。自分は将来、この人の魂の保護者になるのだ」。

「ニューランドは心から、そして穏やかに、メイを愛していた。メイの輝くような美しさ、健康、乗馬の腕前、スポーツで見せる優美さと機敏さ、そしてアーチャーの導きによって少しずつ深まり始めた、書物や思想への関心などを喜んでいた。メイは正直で誠実で勇敢だった。ユーモアのセンスがあることは、ほかならぬニューランドの冗談に笑うことで主に立証された。また、無邪気に周りを凝視する魂の深みには、燃えるような感情――呼び覚ますのが喜びとなるような感情が潜んでいるのではないかと思うこともあった」。

「白と銀色のドレスを着て、髪に銀色の花冠を着けた長身の(メイの)姿は、狩りを終えて地上に降り立った女神ダイアナを思わせた」。

「ニューランドと並んで、大股できびきびと歩くメイの顔は、大理石でできた若い運動選手のように、無表情にも見える落ち着きを浮かべていた。神経が張りつめたニューランドにとってそんなメイの姿は、青空やゆったりした川と同じように心の和らぐものだった」。

贅言ながら、メイは私が理想とする女性像を体現しています。

一方のエレンは――
「ニューランド・アーチャーは、エレンの容貌に関する噂は間違いだと悟った。以前の輝きは確かに失われており、頬の血色も薄れていた。やせてやつれが見え、たしか30歳になろうとするはずの実年齢よりわずかに老けて見えた。だが、美の威厳とでも呼ぶべき、不思議な雰囲気があって、頭や目の動きなど、自信に満ちた身のこなしにわざとらしさはまったくなく、高度に訓練され、しかもその力を十分に意識しているようにニューランドには感じられた」。

「どんなことをしてもこの人(エレン)をそばに引き留めておきたい、今宵はずっと自分と二人で過ごしてほしい、とニューランドは感じた」。

「エレンもキスを返したが、すぐにニューランドの腕の中で身体を硬くすると、腕を押しやって立ち上がった。・・・『いいえ、いけません。そんなことがあってはなりませんわ。あなたはメイ・ウェランドの婚約者で、わたくしは既婚者なんです』」。

ニューヨーク中で最も美しく、最も人気のある女性であるメイと結婚したというのに、ニューランドはエレンへの思いを断ち切ることができません。そして、メイは夫がエレンに惹かれていることに気づいているのです。この後、ニューランド、メイ、エレンの関係はどうなってゆくのでしょうか――。

「秩序」を体現する女神メイと、「自由」を掲げる女神エレンとの間で揺れ動く男の物語――私には、そう思えました。