榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

見田宗介(真木悠介)の著作『気流の鳴る音』の解説論文・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3234)】

【読書クラブ 本好きですか? 2024年2月19日号】 情熱的読書人間のないしょ話(3230)

  

シメ(写真1~3)、カワラヒワ(写真4)、コゲラ(写真5)、ツグミ(写真8~10)をカメラに収めました。モミジバフウの実がたくさん落ちています(写真6、7)。カワヅザクラ(写真11~15)、ジュウガツザクラ(写真16)、コブクザクラ(写真17)が咲いています。因みに、本日の歩数は11,255でした。

閑話休題、私淑する大澤真幸の『私の先生――出会いから問いが生まれる』(大澤真幸著、青土社)には、大澤に最も大きな影響を与えた師は見田宗介(真木悠介)だと記されています。そして、見田の著作の『気流の鳴る音』について詳しく論じられています。そこで、『気流の鳴る音』そのものに当たろうと思い、『戦後思想の名著50』(岩崎稔・上野千鶴子・成田龍一編、平凡社)』を取り寄せたところ、収められていたのは著作そのものではなく、「真木悠介 気流の鳴る音――交響するコミューン」(齋藤純一執筆)という解説論文でした。

「本書のライト・モチーフは、近代社会を規定してきた合理性が深い病理を宿しているのではないかという疑念にある。・・・真木悠介が、本書やそれにつづく『時間の比較社会学』において徹底的に相対化しようとするのは、みずからの生を手段化し、他者や自然を支配の対象としてのみ位置づける近代の道具的合理性である。近代の自明性を剥奪し、それを根底から問題化しようとする思考を一般に『ポスト・モダン』と呼ぶなら、1980年代から90年代にかけて広く受容されることになる『ポスト・モダン』の一つの先駆的なかたちとして本書を見なすとしても、それは間違いではないだろう。しかしその際、本書の『ポスト・モダン』が『大地』(ないし『土地』)というメタファーが指し示すような、ユニークな質を帯びていることに留意する必要がある」。

「本書が主要なテキストとしているのは、人類学者のカルロス・カスタネダがメキシコ北部に生きるヤキ・インディオの呪術師ドン・ファンとの交流のなかから学んだ知恵を書き記したものである。・・・人々の生き方が変わるのは何によってかという問いに対して、真木は、抽象的に構成された論理の説得力を受け入れることよりも、他者がその具体的な生き方において示す魅力に触発されることの方がはるかに多いのではないかと答えたことが思いだされる」。

「真木が本書を含む一連の仕事において提起したのは、みずからとは異なるものをその支配のもとにおこうとする『主権的自由』とは異なった自由、みずから自身を他者との出会いへと導き、そのことを通じて自己をそれまでの思考や行動の惰性から解放していくような自由のイメージである」。

ふーむ、かなり手強いようだが、これは、『気流の鳴る音』そのものを読むしかないな。