榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

朱子学を奉じる林家塾長の佐藤一斎が、敵対関係にある陽明学を実践したのはなぜか・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3597)】

【読書の森 2025年2月9日号】 情熱的読書人間にないしょ話(3597)

ヒヨドリ(写真1)、ハシボソガラス(写真2)、ハシブトガラス(写真3)をカメラに収めました。ウメ(写真4、5)が見頃を迎えています。

閑話休題、若い時分から「言志四録」を通じて佐藤一斎の言葉に親しみを感じてきたが、彼が朱子学の総帥たる林家の塾長という立場にありながら、敵対関係にある陽明学を実践したのはなぜかが気になり、今回、『佐藤一斎とその時代』(中村安宏著、ぺりかん社)を手にしました。

292ページと分厚い本書のおかげで、私の疑問が氷解しました。

浅学の私が乱暴にまとめることが許されるならば、一斎は心の中では朱子学より陽明学を上位に置いていたが、親交がある21歳年下の陽明学徒の大塩平八郎(中斎)の乱などもあり、陽明学が危険思想視されて排撃される時代風潮の中で、陽明学の灯が消えないよう努力した――ということになるでしょう。

一斎は、個人的には陽明学を実践しながらも、公的には一般教養である宋学(朱子学)を講義していたのです。朱子学を奉じる林家に配慮して、「王陽明は朱熹(朱子)が描いた竜に瞳を入れたのである」という説を唱えていたのです。いわゆる「公宋私王」であるが、「陽朱陰王」という誹謗もありました。

なお、著者は、朱子学に対応する言葉として、「陽明学」よりも「陸王学」を多用しています。陸王学とは、宋の陸九淵の思想と、その教えを汲む明の王陽明の思想の総体を意味しています。

日本における陽明学は、中江藤樹とその門流による第一次陽明学運動、三輪執斎とその門流による第二次陽明学運動、それを受け継ぐ佐藤一斎・大塩中斎とその門流による第三次陽明学運動と位置づけられています。

教育者としての一斎が、安積艮斎、渡辺崋山、川路聖謨、佐久間象山、山田方谷、横井小楠、中村敬宇(正直)――といった多くの弟子を育てたことに驚かされました。さらに、直接教えを受けてはいないが、一斎に私淑し、彼の影響を受けた人物として、西郷隆盛、植木枝盛、田口卯吉、新渡戸稲造らが挙げられています。

そして、当時としては珍しい86歳と長寿であったことにも驚かされました。

実証的で、力の籠もった読み応えのある著作です。