国鉄総裁・下山定則はGHQに謀殺された――それを裏付ける、新たな3つの資料・証言が・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3613)】
センダンの実がたくさん落下しています(写真1、2)。
閑話休題、下山事件は私にとって最大の関心事です。長年に亘り、下山事件に関する書籍を読み漁ってきたが、最も重要なのは、松本清張の『下山国鉄総裁謀殺論』と柴田哲孝の『下山事件 最後の証言(完成版)』と考えています。
下山事件は国鉄総裁・下山定則の自殺ではなく、他殺、それも謀殺だと喝破した『下山国鉄総裁謀殺論』(松本清張著、文春文庫『日本の黒い霧』所収)は、敢えて小説の形はとらずに、事実の部分と推理の部分とを書き分けた、と清張自身が述べています。この戦後のアメリカ占領下に起きた怪死事件の裏に蠢く大きな謀略に肉薄しようとする清張の執念たるや凄まじいものがあります。この著作と、清張の推論の流れを汲む『下山事件 最後の証言』(柴田哲孝著、祥伝社文庫)を併読することによって、下山事件は一件落着と思ってきました。なぜなら、「GHQ(占領軍総司令部)の特務機関員だった私の祖父が、この事件の実行犯だ」と主張する著者・柴田が、事件の真相に鋭く迫った型破りのドキュメントだからです。
そう考えていた私だが、今回、『下山事件 封印された記憶』(木田滋夫著、中央公論新社)を手にして、強い衝撃を受けました。何と、清張と柴田の推論を強力に補強する資料・証言を駆使して真相に超接近しているからです。
その補強資料・証言とは、●東京地検の捜査書類と思われるガリ版資料(足立区立郷土博物館蔵)、●東京地検のこの事件の担当検事・金沢清が書き残した私的メモ「下山事件捜査秘史」(著者・木田が入手)、●下山が列車に死後轢断される直前まで監禁されていたと思われる町工場・荒井工業で働いていた荒井忠三郎の証言(木田が取材)――の3つです。
著者・木田滋夫は、「下山(あるいは下山の遺体)は事件当日の夕方以降、終業後の荒井工業へ運び込まれた」と考えています。
「情報を集め、(荒井)証言と照らし合わせていくと、私は好奇心を通り越して悪寒が走るようになった。証言内容が、下山事件をめぐる様々な事柄とあまりに『符号』するからだ」。「荒井はこんなことも語っていた。<荒井工業は亜細亜産業の系列工場だった>。亜細亜産業とは、作家の柴田哲孝が『下山事件 最後の証言』で、事件に組織的に関与したと推定した会社だ。幹部として勤務していたのが、柴田の祖父だった。住所は中央区日本橋室町。下山が行方不明になった三越本店も同じ住所で、目と鼻の先にある」。
私が驚いたのは、下山事件と深い関係にあるとは知らずに、かつて亜細亜産業が2~5階に入居していたライカビル(写真4)の2階の英国式パブをよく利用していたことです。このビルは、私が長年、勤務した三共(現・第一三共)と同じ通りにあり、徒歩2分で行けたからです。ライカビルは2004年に再開発のため取り壊されました。
下山に課された国鉄の大量人員整理には、共産主義に共鳴する労組員を排除するという政府やGHQの狙いがあったのです。
JR東海の初代社長を務めた須田寛は、木田の取材に、<下山さんは、GHQに頻繁に行っているんですね。記録を見ると。最初、「職員はみんな生きているわけだから、一挙に10万人も整理しろと言われても、そんな非情なことはできない。時間がかかる」と言っていたそうです。・・・下山さんは非常に憔悴しておられたそうです。下山さんは機械工学が専門です。技術屋が総裁になるのは珍しく、非常に苦慮されたんじゃないでしょうか。本当に真面目な技師だったそうです。・・・労働組合を説得して、正攻法でやろうとしたのではないでしょうか。それで政府やGHQがいらだっていたのかもしれません>と答えています。
GHQの組織内で、反共を掲げたG2(参謀第2部)の部長チャールズ・ウィロビーは労組や共産党を敵視していました。「反共的な立場を取る吉田(茂)内閣とG2は表裏一体で、警察官僚でもある旧内務省出身者が要職を占めていたことや、G2を頂点とする『反共人脈』が日本の政府要人や民間人にまで連なっていたことが分かる」。日本の共産主義化阻止を図るG2が日本の警察組織を掌握しており、警視庁トップの警視総監・田中栄一はG2に連なる人脈の一人でした。首相の吉田茂もG2に連なる人脈の一人だったのです。
下山事件に占領軍が関与していたことが明るみに出ることは、占領軍側としては絶対に避けなければなりませんでした。そこで、計画的に自殺を偽装しておき、下山の死で人々に衝撃を与えようとしたのです。GHQや政府が目の敵にする労組や共産党が、1949年夏に起きた国鉄三大事件――下山事件、三鷹事件、松川事件――で大きな打撃を受けたことは歴史的事実です。
東京地検が作成したガリ版資料中の「自殺に非ずとする下山総裁夫人の供述」には、下山の死を妻が他殺と信じる根拠が6つ挙げられているが、いずれも説得力があります。下山の妻と家族は他殺と確信していたのです。
下山事件に関心を持つ人間にとって必読の一冊です。