榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

薬剤師の人間力向上講座(その5)――アルツハイマー病の根本治療薬誕生は目前・・・【薬剤師のための読書論(45)】

【医薬情報専門サイトm.3.com薬剤師 2021年6月17日号】 薬剤師のための読書論(45)

アルツハイマーのアミロイド・カスケード・セオリーは今や破綻し、根本治療薬の開発は五里霧中と思い込んでいたが、『アルツハイマー征服』(下山進著、KADOKAWA)を読んで、私が間違っていたことを思い知らされた。医療担当者ならずとも、直ちに本書を手にしたくなるはずだ。

治療法未解決のアルツハイマー病

「アルツハイマー病。癌とならぶ治療法未解決の病。2021年現在、全世界で約5000万人の患者とその家族が苦しむその病。本書は、この病の正体をつきとめ、その治療法を探そうと、最前線で戦ってきた人たちの記録だ」と、著者が述べている。

治療薬開発の歴史

1996年11月、エーザイの杉本八郎が研究を始めて13年目に、アセチルコリンエステラーゼ阻害剤「アリセプト」がFDAの承認を取得。ただし、アリセプトは根本治療薬ではなく、脱落していく神経細胞の信号を活性化させることで、8カ月から1年半進行をくい止めるという作用を示す薬である。

ヴェンチャー企業アセナ・ニューロサイエンスからエラン社に移ったデール・シェンクが、アミロイド・カスケード・セオリーに基づき、12年かけて取り組んできた抗体薬バピネツマブが、2012年7月に開発を中止。

「デール・シェンクは、90年代のある日、(デールが得意なチェスで言えば)光る駒筋を見たのだった。その一手は、誰もが考えつかない独創的な一手であり、その後のアルツハイマー病研究の盤面をがらりと変えた」と、著者はデール・シェンクを高く評価している。

相次ぐ抗体薬の治験敗退で、アミロイド・カスケード・セオリーは揺らいでいるように見えたが、この仮説を補強する材料も出てきたのである。

ニューリミューン社のロジャー・ニッチが探し出した人間の自然抗体であるアデュカヌマブを導入したバイオジェン社のアルフレッド・サンドロックが、そのフェーズ2の結果をネイチャー2016年8月31号で発表。その要旨は、こう力強く締めくくられている。<もし、現在進行中のフェーズ3において(アミロイドの除去に加え)臨床的に認知機能の衰えをくい止めることが証明できれば、それは、アミロイド・カスケード仮説が正しいということの強力な証拠となるだろう>。

アデュカヌマブのフェーズ2の結果を聞いた、膵臓がん治療中のデール・シェンクは、「ほら言ったとおりだろう。これが本来の結果なんだ」と満足そうに言った、と著者が記している。そして、思わず「悔しくないの?」と聞いた妻に、彼は「本当に嬉しいんだ。自分が信じていたことが、たとえ他人に手であれ実証されたのだから。何よりも患者とその家族にとっていいニュースだ」とニコニコしながら答えたというのだ。2016年9月30日、デール・シェンク死去、享年59。

エーザイと共同開発を進めてきたバイオジェン社は、2020年7月、FDAにアデュカヌマブの承認を申請。間もなく、その結果が出るだろうが、結果次第では、発症後の患者だけでなく、発症前の使用にも承認の道が開かれることになるだろう【追記=2021年6月7日、FDAはアデュカヌマブを迅速承認したが、患者や家族、医療・介護者などから歓迎の声が上がる一方、迅速承認は拙速だと異議を唱える専門家が多い】。

今や、人類にとって最難関であったアルツハイマー病の征服が見えてきたこと、そして、この病は発症の20年以上前から脳内変化が起こっていることを、多くの人々に正しく伝えることは、医療担当者の重要な役割ではないか。