榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

自分も米国も中国の真の姿を見誤っていたという反省と、警告の書・・・【情熱の本箱(117)】

【ほんばこや 2015年12月19日号】 情熱の本箱(117)

長らく米国の歴代政権の対中国政策に大きな影響を与えてきた人物が、「自分は中国の真の姿を見誤っていた」と告白したのだから、各方面に与えた衝撃は計り知れない。『China 2049――秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』(マイケル・ピルズベリー著、野中香方子訳、日経BP社)には、どう間違ったのか、なぜ判断を誤ったのかが、自らの経験を振り返りながら、詳細に記されている。元CIA長官が、「『パンダハガー(親中派)』のひとりだった著者が、中国の軍事戦略研究の第一人者となり、親中派と袂を分かち、世界の覇権を目指す中国の長期的戦略に警鐘を鳴らすようになるまでの驚くべき記録である。本書が明かす中国の真の姿は、孫子の教えを守って如才なく野心を隠し、アメリカのアキレス腱を射抜く最善の方法を探しつづける極めて聡明な敵だ。我々は早急に強い行動をとらなければならない」と、推薦の辞を寄せている。

中国は何を企んでいるというのか。「中国の指導者は西洋諸国の人々に、中国の台頭は平和的になされ、他国に犠牲を強いることはないと信じさせた。しかし彼らが進めている戦略は、それを真っ向から否定するものだった」。「『中国は、わたしたちと同じような考え方の指導者が導いている。脆弱な中国を助けてやれば、中国はやがて民主的で平和的な大国となる。しかし中国は大国となっても、地域支配、まして世界支配を目論んだりはしない』というものだ。わたしたちは中国のタカ派の影響力を過小評価していたのである。こうした仮説は、すべて危険なまでに間違っていた。現在、その間違いが、中国が行うこと、行わないことによって日に日に明らかになっている」。「2013年3月、習近平が主席に就任した時、アメリカの中国ウォッチャーの間で、習の評価はまだ定まっていなかった。中国のタカ派は習を高く評価していたが、西側の観測筋に広まっていた見方は、『この黒い髪をふさふさとはやし、温和な笑みをたたえた害のなさそうな60歳の男は、ゴルバチョフのような改革者で、古くからの警戒を解き、西側が長く夢見てきた民主主義の中国をついに実現するだろう』というものだった。しかし、まもなく彼には彼の夢があることがわかってきた。世界のヒエラルキーにおいて中国にしかるべき地位を取り戻させるというものだ。それは、1949年に権力を掌握して以来、共産党が渇望してきたことでもある。その1949年に100年マラソンは始まった、と中国の指導者たちは考えている。習主席は、タカ派が掲げる『復興之路』というスローガンを採用した。主流から外れたナショナリズム的なグループのものだった表現が、この新たな主席の公約になったのだ。その含意が表面化するまでに長くはかからなかった」。

中国の長期戦略の底流には何が潜んでいるのだろうか。「中国政府のタカ派は、長年にわたって、(中国の)戦国時代(の『戦国策』など)から重要な教訓を引き出し、それらが、現代の中国の戦略の多くを決めている。しかしアメリカの対中政策を練るグループが、この事実に真剣に取り組むようになったのはごく最近のことだ。その上、今日でも、アメリカ政府でこの見方が広く受け入れられているわけではない。こうして数十年にわたって、中国ならではの戦略思考を無視してきたことが、今、深刻な結果をもたらそうとしている。彼らの戦略を知らなかったために、今にして思えば、途方もなく無分別な譲歩を中国に対して重ねてきた」。「アメリカ側は鄧小平を真の改革者と見ていたので、中国の学生がその(1989年の天安門広場での)非公式な抗議行動において、鄧小平ではなく胡耀邦を讃えるのを不思議に思った。自分たちが胡耀邦を、そして鄧小平をずっと誤解していたとは、夢にも思わなかった」。

世界の頂点に立つため、過去数十年に亘って推し進められ、現在も進行中の100年マラソンの土台となっている中国の戦略が具体的に解説されている。①敵の自己満足を引き出して、警戒態勢をとらせない、②敵の助言者をうまく利用する、③勝利を手にするまで、数十年、あるいはそれ以上、忍耐する、④戦略的目的のために敵の考えや技術を盗む、⑤長期的な競争に勝つ上で、軍事力は決定的要因ではない、⑥覇権国(現代ではアメリカ)はその支配的な地位を維持するためなら、極端で無謀な行動さえとりかねない、⑦勢いを見失わない、⑧自信とライヴァルの相対的な力を測る尺度を確立し、利用する、⑨常に警戒し、他国に包囲されたり、騙されたりしないようにする――の9箇条である。

なぜ間違ったのか。間違いをもたらした前提が、反省を込めて5つ挙げられている。①繋がりを持てば、完全な協力がもたらされる、②中国は民主化への道を歩んでいる、③はかない花、中国、④中国はアメリカのようになることを望み、実際、その道を歩んでいる、⑤中国のタカ派は弱い。

「以前は『これからの多極化した世界で中国は限定的な指導力を持つことしか考えていない』と断言していた人(中国の主要なシンクタンクの学者)が、今では、『共産党は、中国の<ふさわしい>世界的地位を取り戻すという長期的な目標を実現しつつある』と言うようになった。事実上、彼らは、これまでわたしとアメリカ政府をだましていたと明かしたわけだ。彼らは控えめにプライドをにじませながら、アメリカの歴史において最も組織的で重大で危険な情報収集の失敗を暴いたのである。そして、マラソンが行われていることさえ知らなかったせいで、アメリカはこのマラソンの敗者になろうとしている」。中国は、従来のしおらしい態度を脱ぎ捨てて、本性を隠さなくなってきているというのだ。

中国が西洋メディアに対して進行中の作戦は多岐に亘っている。①直接行動、②経済的「飴」と「鞭」、③間接的な圧力、④サイバー攻撃や暴行。

米国は見事に騙されてきたが、冷戦の一方の雄、ソ連はどうだったのか。1969年に中ソ国境で中国軍から奇襲攻撃を受け、「『ソ連の指導者は、中国が共産圏の支配、ひいては世界支配を目論んでいると考え、中国人を憎み恐れている』。何十年もの間、中国はソ連の援助に頼る弱者を巧みに演じてきた。その中国があからさまな挑戦を仕掛けてきたことに、ソ連の人々はショックを受けていたのだ」。「中国人はソ連を凌駕するという極秘の野望を抱いているばかりか、いずれはアメリカさえ超えるつもりだと、当時のソ連の指導者は考えていた。『中国に脇役に甘んじるつもりはない。彼らには彼らのシナリオがあり、世界という舞台の主役を射止めるためなら何でもする覚悟だ。アメリカが中国の誘いに乗れば、予想もしない結果を招くだろう』とクトボイ(ソ連の高官)は(著者に)警告した」。

最後に、今後、米国は中国に対してどういう戦略で対抗すべきか、多面的な提言がなされている。

中国論は多数出版されているが、米国の対中戦略担当者の手になるものだけに、情報量と説得力において類書を圧倒している。