榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

河野通和は、取り上げた本を読みたい気分にさせる書評家だ・・・【情熱の本箱(201)】

【ほんばこや 2017年8月1日号】 情熱の本箱(201)

よい書評集に出会うと嬉しくなる。これは読んでおかねばという本に引き合わせてくれるからだ。そういう本は直ちに私の「読みたい本リスト」に加わることになる。

考える人」は本を読む』(河野通和著、角川新書)に刺激されて、「読みたい本リスト」に名を連ねたのは、この4冊である。

1冊目は、『姉・米原万理――思い出は食欲と共に』(井上ユリ著、文藝春秋)である。

「本書の主人公は、ロシア語同時通訳で、エッセイスト、作家の米原万里さんです。2006年、56歳の若さで亡くなり、2016年5月で没後10年を迎えました。著者は米原家の2人姉妹の妹で、イタリア料理をベースにした料理研究家であり、故・井上ひさし氏の夫人です」。

「読みながら、ふっと悲しみがこみ上げました。彼女をもっともよく知るユリさんが、姉と対話するように綴った断章には、神様がもう少し時間を与えてくれさえしたら、おそらく私たちが出会えたはずの万里さん本来の詩的な内面が表れています。万里さんの心の奥にあったこの資質がいずれは開花し、作品として結実する日が来るはずだと、ユリさんは期待し、信じていました。姉に負けず劣らずの巧みな語り口。読者をなごませながら鮮やかに、本書は米原万里さんを甦らせます。よく知られた万里さんではなく、私たちにはまだ見えていなかった米原万里の魂を近しく感じさせてくれる一冊です」。

2冊目は、『夜中の電話――父・井上ひさし 最後の言葉』(井上麻矢著、集英社インターナショナル)である。

「自分たちは親に見放された、親のかすがいにすらなれなかった――18歳の時に、突然、両親が離婚します。それまで何不自由なく育った3人姉妹は、いきなり人生の荒波の前に放り出されます。母は家を去り、父はほとんど家に帰ってこなくなりました。きちんとした説明はなく、ほどなくそれぞれが再婚します。子どもたちは傷ついた心を抱え、自分たちの身の置き所を探さなくてはなりません。三女で母親っ子だった著者は、父に反撥し、憎み、拒絶しながら、20年近く疎遠な関係を続けます」。

「わだかまりを抱えた父娘の関係に『和解』の季節が訪れるには、まだ歳月が必要でした。・・・父に誘われ、2009年4月、両親が旗揚げをした劇団『こまつ座』に経理担当として入ります。7月には支配人兼任に、11月には社長に就任します。それもこれも、9月に肺がんの宣告を受けた父、井上ひさし氏が、井上家の『家業』ともいえる劇団の将来を麻矢さんに託したいと考えたからでした」。

「それを機に、夜中の電話が日課となりました。抗がん剤治療をしていない日の夜11時過ぎ、スポーツニュースが終わった頃に、父から電話がかかってきます。電話は、明け方で終わることもあれば、朝の8時、9時まで続くこともありました。会話の内容は、こまつ座の今後のこと、社長の心得、仕事の進め方、稽古場や劇場の現場のことなど。演劇の世界の大変さを、身をもって知る父だけに、新米社長を早くなんとか一人前にしなければ、と必死で言葉を尽くそうとしたのです」。

「この『命の会話』を通して、託された77の言葉を収めたのが本書です。仕事論に限らず、人はどう生きるべきか、という人生論あり、また井上さんが自責の念をにじませた自戒の言葉も含まれています。『自分という作品を作っているつもりで生きていきなさい』。『問題を悩みにすり替えない。問題は問題として解決する』。『逃げ道は作らない』。『今の仕事がいやだからといって、それをやらずに次へ進むことはできない』――」。

3冊目は、『願わくは、鳩のごとくに』(杉田成道著、扶桑社)である。

「『57歳で第一子、60歳で第二子、63歳で第三子! <北の国から>演出家の子育て家族物語』と本の帯に謳われています。50歳の時に先妻をがんで喪い、その7年後に、『衝撃的な』再婚を果たすのですが、これがどういう成り行きなのか、その事情を語るところから物語は始まります。冒頭は、新郎57歳、花嫁27歳の結婚披露宴の場面です」。

「さっそく驚かされるのはこの新婦の逞しさです。少し時間はさかのぼるのですが、30歳という年齢差をものともせず、著者との結婚を決意したと思いきや、彼女は銀行員の仕事を辞め、25歳にして医師をめざします。ほどなく定年を迎える夫との将来を考えた上での判断です。そして女子医大に合格すると、ほどなく長男を出産。3日後にはもう『当たり前という顔をして』授業に戻ります。著者から見ると『どう見てもエイリアンだ』というバイタリティーの持ち主は、その後も第二子、第三子と出産。夫は途方に暮れる暇さえ与えられず、押し寄せる子育ての嵐に翻弄されます」。

「『お父さんはこんな人だったのよ――って、私から伝えることできないから――そんなつもりで、書き遺して』と奥さんに言われたのが執筆のきっかけだったといいます。年をとってからの子どもなので、子どもたちが成人する時に自分はもうこの世にいないかもしれない、だから親から子への『バトンリレー』をするためには、自分がどういう人たちの恩恵を受けて生きてきたのか、そして彼らから受け継いだ何を大切と考えているのか、それを遺書代わりに書きたいと思った、とも」。

4冊目は、『モリー先生との火曜日』(ミッチ・アルボム著、別宮貞徳訳、MHK出版)である。

「1997年にアメリカで刊行され、ノンフィクション部門のベストセラーになった作品です。著者は人気スポーツコラムニストとして仕事に忙殺される日々を送っていました。そんなある日、深夜のニュース番組で、大学時代の恩師モリー・シュワルツ教授が難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)に侵されていることを知ります。・・・画面に映る恩師の姿に胸を衝かれ、呆然として立ちすくみます。卒業してから初めて、著者はモリー先生の自宅を訪ねます」。

「余命わずかな恩師に『別れの言葉』を告げる訪問のつもりでした。ところが彼と言葉を交わすうちに、著者は自分の生き方に、ふと疑問を抱きます。こうして、1000マイルの距離もいとわず、毎週火曜日に、モリー先生の許へと通い始めます。『何でも質問して』という声に促されて、リストアップしたのはこんなテーマでした。死、恐れ、老い、欲望、結婚、家族、社会、許し、人生の意味――どれもが、単なるお題目ではなく、著者自身が直面する人生の悩みそのものでした」。

「たとえば『死』について、先生は語ります。『いずれ死ぬことを認めて、いつ死んでもいいように準備すること。・・・そうしてこそ、生きている間、はるかに真剣に人生に取り組むことができる』。『いかに死ぬかを学べば、いかに生きるかも学べる』。『こんなに物質的なものに取り囲まれているけれども、満たされることがない。愛する人たちとのつながり、自分を取り巻く世界、こういうものをわれわれはあたりまえと思って改めて意識しない』」。

自分が取り上げた本を読みたい気分にさせる、そういう書評家がいい書評家だと、私は考えている。