榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

夏目漱石の3人の読者とは誰か――漱石にとっての読者を考える・・・【情熱の本箱(218)】

【ほんばこや 2017年11月11日号】 情熱の本箱(218)

漱石と三人の読者』(石原千秋著、講談社現代新書)では、夏目漱石の作品は3人の読者、すなわち、3つのカテゴリーの読者に向かって書かれたという仮説が展開されている。漱石自身が想定していなかった読み方にまで言及しているのだから、何とも過激な著作である。

「小説を書き始めた頃の漱石にとって、読者はごく身近な『顔の見える存在』でしかなかった。その意味で、『漱石は国民作家だ』という言い方は単純にすぎるかもしれない。朝日新聞の専属作家として小説を書き続けなければならない道を選んだことによって、漱石にはしだいに読者が錯綜体としての存在として見えてきたのだと言ってもいいからである。作家としての漱石を鍛えたのは、そういう読者との小説を通した関わりの体験である」。

読者に関する漱石の試行錯誤の過程を、著者は4つの段階に分けて考察している。

第1段階は、デビュー作の『吾輩は猫である』の時期である。「この時の漱石はまだごく身近な『顔の見える存在』に向けてしか書いてはいない」。

第2段階は、朝日新聞の専属作家となった時期である。「漱石は、入社第1作『虞美人草』によって手痛い失敗を体験した。読者は、漱石が『殺す』つもりで書き込んだ藤尾というヒロインを熱烈に支持したのである」。

第3段階は、『虞美人草』の失敗を乗り越えた時期である。「この失敗の体験を通して、漱石にはようやく新聞の読者が見え始めてきた。その失敗の体験を生かして、漱石がはじめて錯綜体としての読者を小説中に構造的に取り込むことに成功したのは、次作『三四郎』においてである。以後漱石は、『それから』、『門』を、ほぼ『三四郎』と同じようなリアリズム系の作風の小説として書くことになる。これらが前期三部作と呼ばれるゆえんである」。

第4段階は、一時危篤状態にまで陥った、いわゆる「修善寺の大患」の時期である。この時期に書かれた「『彼岸過迄』、『行人』、『こゝろ』は後期三部作と呼ばれ、いずれもミステリー仕立ての、そう言ってよければほとんど読者に挑戦状を突きつけるような実験的な小説だった。言い方を換えれば、その分読者の仕事が多い小説、読者の分け前の多い小説となった」。「この時期になぜ自伝的小説(=『道草』)を書いたのかという問いが生まれる。人はなぜ自伝を書くのか。あるいは、誰に向けて自伝を書くのか。それは、自己の未来が残り少ないと感じ始めたからであり、そうであるからこそ未来の読者に向けて書くのではないだろうか。こうして、漱石の視野にはまだ見ぬ読者が見え始めてきた。漱石の死によって未完に終わった『明暗』こそは、漱石が未来の読者に向けて書いた小説だった」。

「朝日新聞社入社以後、漱石の生活は安定した。安定したからこそ、その後の漱石は、錯綜体としての読者の心をとらえるために、読者に関する大胆な実験を次々に行ない得たのである。その意味で、漱石の作家活動はほとんど読者との闘争だった」のである。

3つの読者カテゴリーを仮にÅ、B、Cと名付けよう。カテゴリーAは、「具体的な何人かの『あの人』」である。カテゴリーBは、「何となく顔の見える存在としての読者」である。カテゴリーCは、「顔のないのっぺりとした存在としての読者」である。「この20年ほどの漱石研究では、テクスト理論やフェミニズム批評をはじめとする様々な批評理論によって、おそらく漱石自身も意識さえしなかっただろう『顔のないのっぺりした存在としての読者』の位置から読む読み方を『発見』してきた。それらは新しい時代が生んだまったく新しい読み方で、そんな風に読まれることは、たぶん漱石自身も予想だにしなかっただろう。漱石がそれを知ったら、『私はそんなことは考えていませんでしたよ』と言ったかもしれない」。

第1段階の『吾輩は猫である』の時期の漱石は、「具体的な何人かの『あの人』」、換言すれば「顔のはっきり見える読者」である知人、門人、文壇人たちにのみ発信していたというのである。

第2段階の朝日新聞入社後の漱石は、「顔のはっきり見える存在」だけでなく、「朝日新聞を読む人」も意識しなければならなくなったのである。この「朝日新聞を読む人」とは、「何となく顔の見える存在としての読者」のことだ。「漱石が朝日新聞入社第1作『虞美人草』を『朝日新聞を読む読者』に向けて書こうとしたことははっきりしている。しかし、この時漱石にはまだ『朝日新聞を読む読者』像がはっきりつかみきれていなかった。すなわち、『朝日新聞を読む読者』がまだ『何となく顔の見える存在』になっておらず、より多く身近な『顔のはっきり見える読者』に向けて書いてしまったのではないだろうか。この時漱石が頼れるのは、身近な『顔のはっきり見える読者』しかいなかったのだから」。

第3段階の時期には、「漱石は、それまで意識していなかった、漱石の小説を読みもしない『のっぺりした顔の見えない』ような第3の『読者』の存在に気づき始めていたはずだ。そして、そういう無責任な『読者』に向けて書くことも、新聞小説家漱石にとっては重要な『仕事』の一つだったはずだ」。

第4段階の時期に至り、それまでとは違った様相が見られる。「大切なのは、では漱石は誰に向けて『道草』を書いたのかという点だ。まさか鏡子夫人に向けて、ではないだろう。どうやら、この時期の漱石にはまだ見ぬ読者が視野に入ってきていたのである。それは、将来『小説家夏目漱石』に興味を持つことになる読者である。そういう読者に向けて、漱石は『道草』を書いた」というのだ。

知的好奇心を掻き立てられる一冊である。