榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

星野リゾートを飛躍させた教科書とは・・・【リーダーのための読書論(42)】

【医薬経済 2010年9月1日号】 リーダーのための読書論(42)

旅館・ホテルの運営会社・星野リゾートの星野佳路のリーダーシップに予て注目してきたが、『星野リゾートの教科書――サービスと利益 両立の法則』(中沢康彦著、日経トップリーダー編、日経BP社)では、その秘密が体験の具体例を通じて明かされている。

星野は、「私は1991年に星野リゾートの社長に就任して以来、経営学の専門家が書いた『教科書』に学び、その通りに経営してきた。社員のモチベーションアップも、サービスの改善も、旅館やホテルのコンセプトメイクも、私が経営者として実践してきたことはすべて教科書で学んだ理論に基づいている」と語っている。これは、定石を知り、経営判断を誤るリスクを最小にしたいからだという。彼が参考にする多くの教科書は、米国のビジネス・スクールで教える教授陣が書いたものがほとんどだ。

その具体的な手順は、①本を探す、②読む、③実践する――というシンプルなものだ。①については、書店に1冊しかないような古典的な本ほど役に立つ、とコメントしている。②では、1行ずつ理解し、分からない部分を残さず、何度でも読むことを勧めている。③に当たっては、理論をつまみ食いしないで、100%教科書どおりにやってみるべきだという。

競争の戦略』(マイケル・E・ポーター著、土岐坤・中辻万治・服部照夫訳、ダイヤモンド社)は、企業の競争戦略を業界構造、ライヴァルの動向など幅広い視点から分析している。「それまでの経営書はお客様視点に立ったマーケティングを強調するものが多かった。そんな中で、ライヴァルの動向こそが重要というポーターの理論は目からうろこで、強く印象に残った」星野は、運営する、どこにでもある旅館を高級旅館として再生させたのである。同業他社と同じ戦略を続けても、混戦から抜け出すのは容易でない。自社の強みを確認し、ライヴァルの動向を見極め、「勝てる戦略」を立案し、収益力を高めることに成功したのだ。

マーケティング22の法則――売れるもマーケ 当たるもマーケ』(アル・ライズ、ジャック・トラウト著、新井喜美夫訳、東急エージェンシー出版部)は、あるカテゴリーでトップになれない場合、カテゴリーを見直し、トップに立てるような新しいカテゴリーを作れ、と勧めている。

1分間顧客サービス――熱狂的ファンをつくる3つの秘訣』(ケン・ブランチャード、シェルダン・ボウルズ著、門田美鈴訳、ダイヤモンド社)は、顧客を掴むには、満足させるのでは不十分で、熱狂的なファンを作る必要がある、そのためには自分たちが目指す製品・サービスの中身を自分たちで決め、顧客の声を受け止め、サービスの質を高めていく必要がある、と述べている。一方、顧客の要求が自分たちの目指す製品・サービスと合致しない場合は、その要求を無視すべき、と断言している。星野は、会社が向かう方向を決めるのは経営者の役割だが、各施設のコンセプト作りでは社員の主体性を重視すべき、と考えている。

後世への最大遺物・デンマルク国の話』(内村鑑三著、岩波文庫)から強い影響を受けた星野は、「星野リゾートの社員は、人生の大切な時期をこの会社で過ごし、そしていつか会社を去っていく。そのときに『星野リゾートで過ごせてよかった、あの職場はとても幸せだった』と思ってもらえるようにしたい」という姿勢で経営に取り組んでいる。私も全く同じ思いである。