榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

もし、あなたが逆境に立たされたら・・・【あなたの人生が最高に輝く時(16)】

【MR・メディカル専門職の転職 2012年9月5日号】 あなたの人生が最高に輝く時(16)

逆境を生き延びる3つの秘策

どんなに優秀な人間であろうと、常に順風満帆で活躍できるほど世の中は甘くない。逆境に置かれたときの心理・行動から、人間を2つのタイプに分けることができる。1つは、自分の運命を嘆きながら暗い日々を過ごし、遂には自らの人生を否定してしまうタイプの人間である。もう1つは、どんなに厳しい状況に置かれようと、勇気と誇りと愛する人への熱い思いを持ち続け、やがて逆境を脱出するタイプの人間である。逆境を耐え抜いた人間は、一回りスケールが大きくなった人間として第一線に戻ってくるのである。

逆境に置かれると、かなりタフな者でも心理的に落ち込み、崖っ縁に追い詰められてしまう。では、そういうとき、どうすればいいのか。

私のこれまでの人生経験からは、3つの方法が有効だと考えている。

先人たちの経験に学べ

第1の方法は、逆境を乗り越えた先人たちの経験に学ぶことである。さまざまな逆境を乗り越えてきた先人の逸話は数多く知られているが、究極の体験は『夜と霧――ドイツ強制収容所の体験記録』(ヴィクトール・エミール・.フランクル著、霜山徳爾訳、みすず書房。同じ出版社から池田香代子訳の新版も発行されているので読み比べてみたが、私にとっての『夜と霧』は、収載されている写真や私に与えた衝撃度も含めて、やはり霜山訳しか考えられない)に尽きるだろう。

著者のフランクルは少壮の精神科医として、美しい妻と2人の子供に恵まれ、ウィーンで平和に暮らしていたのであるが、突然、ユダヤ人という、ただそれだけの理由で、ナチスによって一家もろともアウシュヴィッツ強制収容所へ送られてしまう。そして、ここで彼の両親、妻、子供たちは、あるいはガス室で殺され、あるいは餓死してしまうのである。彼だけがこの書に描かれている凄惨な状況の中を生き延び、奇跡的に生還することができたのである。

彼はどのようにして、この常に死と隣り合わせの逆境を生き延びたのか。彼は、精神的、肉体的にぎりぎりの状況下にあっても、酷寒の屋外での辛い行進や労働の最中に、心に思い描いた最愛の妻と会話を交わし続けることで、彼女から慰められ、励まされ、勇気づけられたのである(妻がこの時には既に殺されていたことを彼が知るのは、生還後のことである)。

逆境に陥った人間の哀しさが描かれ、哀しいが故にいとおしい人間たちが登場する短篇コミック集『人間交差点』(矢島正雄原作、弘兼憲史作画、小学館文庫、全19巻)は、あなたの逆境を慰めてくれることだろう。

自分を励ます仕掛けをつくれ

第2の方法は、自分で自分を励ます仕掛けをつくっておくことである。その仕掛けの一例を挙げてみよう。

小気味いい、切れ味鋭い文章を書く俵萠子という評論家がいた。残念ながら亡くなってしまったが、私は彼女の長年のファンであった。何十年も前のことだが、女性雑誌に掲載された「職場のやりきれない人間関係――どうしてもがまんのならない人がいるとき、私はいつもこう考えることにしていた」というタイトルの彼女の文章に出会ったのである。

その時以来、この文章のコピーは私の宝物になり、力強い支えとなってくれた。この、たった4ページのコピーに何度、慰められ、励まされてきたことか。コピーは今ではすっかり色褪せてボロボロになってしまったが、内容を一部、紹介してみよう。

――「サラリーマンにとって、何がしあわせといって、いい上役に恵まれ、よし、この人のためなら働いてやろうと、ほれて働けるときほどしあわせなことはない」。

――「私の13年間のOL生活を思い出してみても、会社へいくのがいやになったり、やめたいと思い暮らした時期は、たいてい”きらいな人物”が身辺にいたときであった」。

――「イヤな上役とは、台風のごときものである。その間はじっと耐えるほかない。大事なことは、このイヤな状態が永遠に続くとは思わないことだ」。

――「不愉快なやつは、必要なとき以外は、いないと思えばいいのである」。

このコピーの全文を読みたいという人は、私宛てのメール(rsd02078@nifty.com)で請求を。

うっとりできる自分の時間を持て

第3の方法は、うっとりできる自分の時間を持つことである。辛い環境から一時的に緊急避難することで、精神のバランスを保つのだ。うっとりできる自分の時間は、人それぞれだろうが、私の場合は、好きな絵と写真が掛かった書斎に籠もり、好きな香りの中で、好きな音楽――ヴィヴァルディ、バッハ、モーツァルトといったクラシック、中島みゆき、テレサ・テン、天童よしみ、川中美幸、山口百恵の歌、三波春夫の歌謡浪曲など――を聴きながら、好きな本を読むことにしている。

一定時間、このような、うっとりできる時間に浸ると、心も頭もすっきりして、「人生、そうそう辛いことばかりじゃないぞ。明日から、また頑張ろう」という前向きな気持ちになれるのだ。