榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

女性の体の神秘的な謎に進化論的角度から迫った本・・・【山椒読書論(322)】

【amazon 『女性の曲線美はなぜ生まれたか』 カスタマーレビュー 2013年12月4日】 山椒読書論(322)

女性の曲線美はなぜ生まれたか――進化論で読む女性の体』(D・P・バラシュ、J・E・リプトン著、越智典子訳、白揚社)は、誤解され易いタイトルであるが、至極、真面目な進化論の本である。進化生物学者・心理学者の夫と、女性の健康を専門とする臨床精神科医の妻との共著である。

女性の体は謎に満ちているとして、女性に関する未解明の5つの謎――月経、排卵、乳房、オーガズム、閉経――に、どうしてそうなっているのかではなく、どうしてそうなったのか(進化したのか)という角度から果敢に迫っている。その迫り方が実に興味深い。と言うのは、著者たちが提唱する仮説だけでなく、馬鹿げた仮説から、説得力のある仮説まで、さまざまな仮説が紹介されているからだ。本書は、女性の体の形態と仕組みの神秘を材料にして、進化を考えると同時に、科学的な考え方を深めるのに最適な一冊である。

例えば、「女性にはなぜ乳房や曲線があるのか?」の章では、「臀部擬態」仮説、「浮き」仮説、「カロリー貯蔵」仮説、「詐欺」仮説、「食物供与」仮説、「実用的な授乳装置」仮説、4種類の「正直な信号」仮説、「工学的設計」仮説、「たくましい娘」仮説、「羽飾りのある雌」仮説と、バラエティに富んでいる。

「考えるまでもなく乳房の存在意義は、見た目と同じくらいはっきりしているように思える。すべての哺乳類がそうであるように、ヒトの赤ん坊も乳を必要とし、おとなの雌には授乳する道具が備わっている。この結びつきさえあれば、乳房が単なる授乳装置にとどまらず(社会によって程度の差はあれ)美しく官能的と広くみなされるのはなぜか、と悩む必要はない気もする。上半身を覆わない文化においてすら、女性の乳房と乳首は性的にそそるものとみなされており、性交時の愛撫の対象となる。セックスアピールが女性の健康と妊娠可能であることを示すもので、魅力的な女性は進化の上で有利であると約束されるならば、女性に乳房があって男性がそれを好むことに不審な点は何もない。しかし、これからお話しするように、ヒトの乳房は生物学上、正真正銘の謎なのである」と、課題に真正面から切り込んでいく。

「乳を出さない大きな乳房が生物学的に実在していること自体が謎である。ヒト以外で授乳中でない雌に発達した乳房がある動物など聞いたことがない。なぜヒトの女性の体はこのような目立つ付属物に恵まれた(背負いこまされたという意見もあるが)のだろう」。「乳房にはたしかに機能があるが、それだけではないと結論していいだろう。つまり、乳房は単なる哺乳ビンではないのだ。では、なぜこのような乳房が存在しているのか、もっともありそうな説明は何だろう?」。「乳房は驚くほど多様だ。おそらく人体でこれほど多様な器官は他にないだろう。巨大で垂れ下がるものから小さく小粋なもの、球形や円筒状、ほぼ左右対称なものもあればそれほどでもないものもあり、自慢の種にもなれば不安のもとにもなり、慰めや栄養、注目、戸惑い、欲望を生む。隠すべきもの、あるいは誇示すべきもの。何はともあれ、この(機能は言うまでもなく、構造にも見られる)多様さは、乳房の生物学役割が一元的でないことを示唆している」。「乳を作る実用性とセックスを誘発する官能性を結びつけるメカニズムは、言うまでもなく自然淘汰である」。「子どもに栄養を与えるという生態上進化した器官としての役目と、性交相手を惹きつけ引きとめるという性淘汰によって進化した役目と。この二つの役目の間で、どのように、またなぜ釣り合いを取っているかは依然として進化の謎であり、これが本章の主題である」。なるほど、なるほど。

「男性が女性の乳房を好むようになったのは、授乳能力をほのめかす女性、すなわち気をかけただけの見返りが期待できて、利益をもたらしそうな女性に(性関係があればなおのこと)、男性が『食物供与』したときからかもしれない。もしそうなら、自然に胸が大きくなった女性は繁殖面でより成功するようになり、そういう女性を選んだ男性も同様に繁殖面で成功したかもしれない。すると、乳房の大きい状態を『不正直に』擬態する女性が選択されるようになり、ついにはそれが(詐欺であってもなくても)標準サイズになったのかもしれない。あるいは、乳房はまったく別種の信号で、身体の健康と遺伝的資質を示す正直な信号の役目を果たしているのだろうか」。核心に迫ってきたぞ。

著者自身の仮説は、「正直な信号」仮説の中の1種である「適齢期評価」仮説である。「多くの女性が、加齢につれ乳房が重力にあらがえなくなることを、ため息まじりに認める。ゴルディロックス(=適齢期評価)仮説によれば、まさにそのためにこそ、授乳していない女性に盛り上がった乳房が進化したことになる。男性がそのような乳房を好むとしたら、それはごまかしがきかず(少なくとも、長い人類進化史上、『寄せて上げる』ブラジャーなどの装置や形成手術が発明される以前はごまかせなかった)、したがって年齢を正確に示すものだからだ。すると男性は、若すぎず年寄りすぎず、ちょうどいい、ただ突き出ているだけでなく張りもある乳房(とその持ち主)に惹かれると言っていいだろう」というのだ。確かに説得力がある仮説だが、女性に対して表現がいささかストレート過ぎないか。