榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

中世ヨーロッパの庶民の暮らしぶりが生き生きと甦ってくる図説・・・【情熱的読書人間のないしょ話(85)】

【amazon 『図説 中世ヨーロッパの暮らし』 カスタマーレビュー 2015年6月6日】 情熱的読書人間のないしょ話(85)

他のアジサイの陰に隠れるように、ガクアジサイの青い花(正しくは萼)が咲いています。我が家のいろいろな色のアジサイ、ガクアジサイたちの中で、このガクアジサイを一番気に入っている女房に理由を尋ねたところ、「深みのある青色と、咲き方が控えめなところ」との答えが返ってきました。これは、何事にも出しゃばりで目立ちがり屋の私への隠喩でしょうか(笑)。

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閑話休題、『図説 中世ヨーロッパの暮らし』(河原温・堀越宏一著、河出書房新社・ふくろうの本)は、私たちを中世のヨーロッパの世界に連れ去ってしまいます。

農村の暮らしが、中世農村の誕生、農民と領主、村の姿、農民の仕事の面から、図説史料を用いて説明されています。「13世紀には、封建的戦士階級のメンバーでもある領主たちが、新たな社会身分としての貴族身分を形成するようになるのに対して、農民は、都市民とともに、平民身分に位置づけられた。これに、従来から独立した身分として認められていたキリスト教聖職者が加わって、『祈る者』『戦う者』『耕す者』という、18世紀まで続く伝統的な三身分の観念が形成されるのである。ただし、貴族身分に属する人々は、当時の人口の2パーセントにも満たなかった」。このことを象徴する13世紀に色彩豊かに描かれた図が掲載されています。

「原則として、農民に狩猟は禁じられており、森での狩猟は領主階級に独占されていた。なにより国王御料林から農民が排除されていた様子は、ロビン・フッドとイングランド国王代官の間に繰り広げられた、シャーウッドの森をめぐる紛争の物語に活写されている。現実と想像がない交ぜになった形で、想像上の英雄ロビン・フッドが義賊の象徴のように語られてきたのは、鹿などの狩猟の獲物の所有権をはじめとする、国王の森林利用の独占に対して、一般の人々の不満が大きかったからだろう」。

「イタリア半島、南フランス、イベリア半島などの地中海沿岸地域では、小高い場所に築かれた城の周囲に農民が集住するインカステラメントという現象が10世紀から数多く見られた。城を中心として渦を巻くようにして円環状に石造の家々が立ち並び、その外観は、周壁で守られていることが一般的だ。丘の頂上や切り立った崖の上にあるために、日本語では『鷲の巣村』とか『鷹の巣村』と呼ばれて、南仏コート・ダジュールのエズのように観光地として知られている場所もある。そこでは敷地が狭いために、建物を二階建てにしたり、丘の斜面に洞窟のような横穴を掘って住まいの一部として利用したりすることも広く行われた」。思わず、エズの急坂をふうふう言いながら登ったことを思い出してしまいました。

都市の暮らしは、中世都市の誕生、都市の労働という角度から紹介されています。「フランチェスコ・ディ・ジョルジォ・マルティーニにより描かれたシエナの景観(1467年)」の図と「今日のシエナのカンポ広場と政庁舎」の写真の比較が興味を惹きます。また、ヴェネツィアのサン・マルコ広場については、「サン・マルコ広場とドージェの館。15世紀のフランスの写本から」の図と、「空から見た現在のサン・マルコ広場の風景」の写真が並べられています。この意味では、本書はヨーロッパ旅行を懐かしく思い出させる役割も果たしています。

そして、中世人の日常が、さまざまな図像によって生き生きと甦ってきます。「中世という時代に記述され、描かれ、保存されてきた彩色写本や公文書だけではなく、現代に残る中世の農村や都市の家屋やさまざまな遺構の写真を、著者自身による撮影も含めて取り入れることで、中世ヨーロッパの庶民の姿と彼らの暮らしていた環境をイメージしていただけたのではないかと思う」。この著者の目的は十分叶えられています。