榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

江戸川乱歩は少年読者を惹き付けるのが、すこぶる巧みだ・・・【情熱的読書人間のないしょ話(991)】

【amazon 『怪人二十面相』 カスタマーレビュー 2018年1月8日】 情熱的読書人間のないしょ話(991)

朝のうちは、太陽が顔を覗かせていました。ヤエザキニホンズイセンが咲いています。

閑話休題、何十年ぶりかで、『怪人二十面相』(江戸川乱歩著、ポプラ文庫クラシック)を手にしました。

「そのころ、東京中の町という町、家という家では、ふたり以上の人が顔をあわせさえすれば、まるでお天気のあいさつでもするように、怪人『二十面相』のうわさをしていました。『二十面相』というのは、毎日毎日、新聞記事をにぎわしている、ふしぎな盗賊のあだ名です。その賊は二十のまったくちがった顔を持っているといわれていました。つまり、変装がとびきりじょうずなのです」と、物語が始まります。

「このお話は、そういう出没自在、神変ふかしぎの怪賊と、日本一の名探偵明智小五郎との、力と力、知恵と知恵、火花をちらす、一騎うちの大闘争の物語です」。
乱歩は、少年読者の期待を昂めるのが巧みです。

この作品の前半では、二十面相と、明智の少年助手の小林芳雄との一騎打ちが語られています。

「年はもいかぬ少年の身で、このおそろしい境遇を、どうたえしのぶことができましょう。たいていの少年ならば、さびしさとおそろしさに、絶望のあまりシクシクと泣きだしたことでありましょう。しかし、小林少年は泣きもしなければ、絶望もしませんでした。彼はけなげにも、まだ、二十面相に負けたとは思っていなかったのです」。現在の図々しい私とは異なり、弱虫の子供だった私は、小林少年を見倣わなければと勇気づけられたものです。

「読者諸君、ひとつ本をおいて、考えてみてください。このコックの異様なゆくえ不明には、そもそもどんな意味がかくされているのかを」。乱歩は、このように節々で読者に呼びかけることで、興趣を掻き立てるのです。

「ああ、名探偵明智小五郎と怪人二十面相の対立、知恵と知恵との一騎うち、その日が待ちどおしいではありませんか」。いよいよ、御大・明智の登場です。

「明智は平然として、このおどろくべきことばを語りました。ああ、読者諸君、これがいったい、ほんとうのことでしょうか。盗賊が探偵を出むかえるなんて。探偵のほうでも、とっくに、それと知りながら、賊のさそいにのり、賊のお茶をよばれるなんて、そんなばかばかしいことがおこりうるものでしょうか」。乱歩は、物語を盛り上げるのが、実に上手なのです。

「読者諸君は、もうおわかりでしょう。この小学生たちは、小林芳雄君を団長にいただく、あの少年探偵団でありました。少年たちはもう長いあいだ、博物館のまわりを歩きまわって、何かのときの手助けをしようと、手ぐすねひいて待ちかまえていたのでした」。少年探偵団の華々しい活躍が描かれます。私の少年時代、誰もが少年探偵団に憧れたものです。

小学6年の時、私は急性腎盂腎炎で慶應大学病院の小児科に数カ月入院したことがあります。付き添いの母が帰った後、しんと静まり返った病室で、差し入れてもらった「少年探偵 江戸川乱歩全集」をこわごわと読み耽ったことを懐かしく思い出します。