榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

十数年間、引き裂かれていようと、エロイーズの愛は迸る・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1115)】

【amazon 『西欧と愛』 カスタマーレビュー 2018年5月12日】 情熱的読書人間のないしょ話(1115)

ハクセキレイをごく間近で観察することができました。ミズキが白い花をたくさん付けています。キリが薄紫色の花を付けています。アカツメクサ(ムラサキツメクサ)に寄生するヤセウツボが白い花を咲かせています。ヒラナス(アカナス)が白い花を咲かせています。チガヤの白い穂が風に揺れています。食べるには伸び過ぎたタケノコを見かけました。ネギの白い花、ネギ坊主が並んでいます。因みに、本日の歩数は10,550でした。

閑話休題、『西欧と愛』(饗庭孝男著、小沢書店。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)に収められている「アベラールとエロイーズ――存在そのものの愛」は、真実の「愛」とは何かという根本的な問いを私たちに投げかけてきます。

「エロイーズがアベラールと知り合ったのは17歳の年である。このときアベラールは39歳であった。・・・アベラールは当時、五千もの聴衆が彼の講義をきかんものとおしかけたほどの人気があった。・・・フュルベールは優れた才能と向学心をもった姪の教育をアベラールにゆだねた。彼女はセネカをはじめ古代の諸学を学び、ラテン語、ギリシア語、ヘブライ語に通じていた。その博学は、後の往復書簡集にいかんなくあらわれている」。アベラールは高名な哲学者・論理学者として、若きエロイーズは類い稀な才媛として、その名を轟かせていたのです。

「アベラールはエロイーズの妊娠によりその愛を公的なものに、要するに結婚という形に直すために、彼女をブルターニュに連れてゆく。この間にエロイーズは男児アストララブを生んだ。けれどもエロイーズは最後まで結婚という形に納得しなかった。・・・彼女には夫婦という紐や家庭の日常の些事が哲学の研究とならび立たないという点で自由人として、形式よりも愛の実体を求め、妻と呼ばれるよりは愛人と呼ばれるほうがましであり、妾と呼ばれてもよいと彼女は彼にこのことを語っている」。エロイーズは形式よりも愛の実体を重視したのです。

「アベラールがエロイーズをアルジャントゥイユ修道院に隠したとき、叔父の怒りは爆発し、召使の一人を買収し、夜、アベラールの寝室に入らせ、彼の男性を切りとったのである。この屈辱がついに永遠に二人の間を引きさく」。男性のシンボルを奪われたことで、アベラールは反省の深淵に陥っていきます。

「17歳の時にアベラールとともに味わった愛のよろこびとかなしみを、エロイーズは往復書簡が交された31歳以降も、唯一の真実としてこれを悔いたり、過誤として認めたりはしていない。歳月を距てても、その真実はいささかも彼女の裡にリアリティを失ってはいないのである」。一方のエロイーズは、後悔も反省も必要ないという気持ちを持ち続けました。

「愛のはじめの17歳のときから十数年経った後も、彼女はその愛の深さを語り、『あなたの御命令とあらば地獄の火の中へでも躊躇なく先立ちもし、お伴もしました私』であり、『私の心は私のもとにはなくてあなたのおもとにあったのです。もしそれが今あなたのおもとにあることを許されぬとしたら、それは何処にも居る所が無いのでございます。あなたと離れて決して存在することのできない私の心なのですから。どうぞ私の心があなたのお側に気持よく居られるようにして下さい』とのべずにはいられない。このエロイーズの言葉に、私は時と場所を問わずつねに愛する女の、もっとも切実でもっとも純粋な声を聴くとともに、自己の運命を明晰に見、それに耐えることを自らに課している女の心を読むことができる。情欲の問題はここでは影をひそめ、愛の心のみがあらわれている。いや、心をもって愛を捧げるように生きることこそが、肉体をゆりうごかす情欲を制御できることを知った女の叫びがここにある」。

しかし、そう簡単に燃える思いを抑えつけることができたのでしょうか。「彼女は(書簡に)こうも書く。『ところで、私たちが一緒に味わったあの愛の快楽は、私にとってとても甘美であり、私はそれを悔いる気にはなれませんし、また記憶から消し去ることも出来ないのです。どちらの方へ振り向いても、それは常に私の目の前に押しかかり、私を欲望にそそります。眠っている時でも、その幻像は容赦なく私に迫ってまいります。他の時より一層純粋にお祈りをしなくてはならぬミサの盛儀に際してさえも、その歓楽の放縦な映像が憐れな私の魂をすっかりとりこにしてしまい、私はお祈りに専心するよりは恥ずべき思いに耽るのでございます』」。

この世の掟や神の掟よりも自身の思いに忠実であろうとしたエロイーズの愛が、修道院の厚い壁を越えて、そして900年の時を超えて、私たちの心に響いてきます。