妖艶な女性の色香に迷いそうになったとき、読む本・・・【情熱的読書人間のないしょ話(14)】
このほど谷本普一先生の訃報を奥様から頂戴したとき、私は虚脱状態に陥ってしまいました。私が三共(現・第一三共)のMRとして虎の門病院や聖路加国際病院を担当していたのは、セフェム系抗生物質注射剤の戦国時代でした。虎の門病院で驚異的な実績向上を果たすことができたのは、虎の門病院・呼吸器科部長で感染症の専門家であった谷本先生の学術的なご指導の賜物でした。まさに私がエヴィデンスに基づくMR活動の威力を実感した瞬間でした。谷本先生に感謝の念を捧げつつ、合掌。
閑話休題、妖艶な女性の魅力に惑いそうになったとき、お守り代わりに読む本があります。『高野聖』(泉鏡花著、岩波文庫『高野聖・眉かくしの霊』所収)です。そのヒロインの妖艶なこと、その結末の恐ろしいこと。
旅の僧が語る、未だ若かった修行時代の、飛騨から信州へ越える深山での経験談です。一軒家で宿を借りようとすると、「立顕れたのは小造の美しい、声も清(すず)しい、ものやさしい」女でした。女に勧められ、かなり下方の谷川まで下りていって、僧は旅の汗を流し、女は米を磨ぎます。「婦人(おんな)は何時かもう米を精(しら)げ果てて、衣紋の乱れた、乳の端もほの見ゆる、膨(ふく)らかな胸を反して立った、鼻高く口を結んで目を恍惚(うっとり)と上を向いて頂を仰いだが、月はなお半腹のその累々たる巌を照すばかり」。
女が背中を流してくれると言うのです。「山家の者には肖(に)合わぬ、都にも希な器量はいうに及ばぬが弱々しそうな風采(ふう)じゃ、背中を流す中にもはッはッと内証で呼吸(いき)がはずむから、もう断ろう断ろうと思いながら、例の恍惚で、気はつきながら洗わした。その上、山の気か、女の香(におい)が、ほんのりと佳い薫(かおり)がする。私(わし)は背後(うしろ)でつく息じゃろうと思った」。「婦人も何時の間にか衣服(きもの)を脱いで全身を練絹のように露していたのじゃ。何と驚くまいことか。『恁麼(こんな)に太っておりますから、もうお可愧(はずか)しいほど暑いのでございます、今時は毎日二度も三度も来てはこうやって汗を流します』。・・・なるほど見た処、衣服を着た時の姿とは違うて肉(しし)つきの豊な、ふっくりとした膚(はだえ)」。
私も、なぜか息苦しくなってきたので、この辺りで筆を擱くことにいたしましょう。