榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

『吾妻鏡』が隠したかったこと・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1140)】

ほぼ毎日訪れる千葉の流山市立図書館初石分館は、私にとって、本の宝庫であると同時に、季節を感じさせる植物に出会える場所でもあります。サボテンが橙色の花を咲かせ始めています。ヒエンソウ(チドリソウ)の紫色の花、白色の花が風に揺れています。散策中、ヒマワリを見かけました。ヒマワリに似ているルドベキアが黄色い花を咲かせています。ホタルブクロが釣り鐘状の薄紫色の花をぶら下げています。因みに、本日の歩数は10,624でした。

閑話休題、『吾妻鏡の謎』(奥富敬之著、吉川弘文館・歴史文化ライブラリー。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)には、思いがけないことが書かれています。

『吾妻鏡』に記事の脱漏があるのはなぜか。「脱漏」とは、1年あるいは3年といった、かなりの長期間、事実、事件などが全く書き残されていないことを指しています。

脱漏の背景には、『吾妻鏡』執筆者たちの基本方針が絡んでいるというのです。「具体的にいえば、北条氏にとって都合の悪いことは書かない、あるいは書いたとしても誤魔化して書く、さらには北条氏の都合のためには嘘までも吐くということである」。

建久7(1196)年・8年・9年の記事がないのは、これが源頼朝の生涯最後の3年間であり、晩年の頼朝が老人性痴呆症だったことを隠すためだったという説が紹介されています。

仁治3(1242)年の脱漏は、北条氏にとって最重要人物である北条泰時の晩年の状態が関係しているというのです。「(承久の乱後、隠岐に流された後鳥羽上皇の)怨霊に怯えてオタオタして病気にまでなって死んだ泰時の晩年については、やはり書くことはできなかったであろう」。

個人的に興味深いのは、謡曲「鉢の木」などで知られる北条時頼の廻国伝説が歴史的事実であったのか否かという考察です。時頼本人が廻国した可能性なしとは言えない、また、信頼できる者たちに廻国を行わせたのかもしれないと述べています。「時頼の微行廻国というのも、時頼が使者を鎌倉中、次いで諸国に派遣したから派生したものだったかもしれない」。

心が洗われる思いがしたのは、「北条朝直の愛妻」のエピソードです。時の最高権力者・泰時が年若い従兄弟の北条朝直を娘の婿に迎えようと行動を起こします。朝直の両親もこの結婚に大賛成です。「しかし朝直は、すでに結婚していた。しかも現在の妻を熱愛していた。だから現在の妻を離別して、泰時の娘と結婚するのをしきりに断わり続けているということである。このとき朝直は21歳、まだ無位無官の若者だった。そして彼が熱愛していた妻は(謀反人の)式部丞伊賀光宗の娘だった。・・・この時代の武家社会の情況からみれば朝直の抵抗はまさに異色だった。・・・遠く京都にいた藤原定家が、とくに日記(明月記)に書き記したのも故のないことではなかった。・・・あっちの女性に飽きたらこっちの女性の所へ行こうというような妻問婚の風習がまだまだ京都では残っていた。その京都では朝直のような純情は、まことに物珍しいことだったに違いない。・・・泰時の権力に対して、朝直は両親の協力もなく、ただ一騎で抵抗したのである。自分たちには絶対にできないことを、鎌倉では一人の若者が敢然として実行しているのである。いつまで続くか? そんな期待と関心とが公家たちにはあったに違いない」。