榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

カズオ・イシグロの創作の秘密が明らかに・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1177)】

【amazon 『特急二十世紀の夜と、いくつかの小さなブレークスルー』 カスタマーレビュー 2018年7月15日】 情熱的読書人間のないしょ話(1177)

酷暑の中、ゴーヤーがつやつやしています。義弟が育てたキュウリをクサギカメムシたちがちゃっかり味見しています。クサギカメムシにしては緑色過ぎるので、昆虫に造詣の深い阿部節子さんに助けを求めたところ、クサギカメムシとの確認が得られました。

閑話休題、『特急二十世紀の夜と、いくつかの小さなブレークスルー――ノーベル文学賞受賞記念講演』(カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳、早川書房)では、カズオ・イシグロの創作の秘密が率直に語られています。

24歳の著者は、イングランドの鄙びた小さな村で文学修行を開始します。「ロンドンで目が回るような日々を送っていた私は、一転、ありあまるほどの静けさと孤独の中に移り住み、作家への変身を目指すことになったわけです」。

「ある夜のことです。・・・不意にこれまでにない差し迫った思いにとりつかれ、気がつくと、私は日本について――生まれた町、長崎について――第2次世界大戦の終戦間際の話を書きはじめていました」。

25歳の時のことです。「私は屋根裏部屋に戻り、必死で書きつづけました。1979~80年の冬とそれにつづく春、ほとんど誰とも口をきかずに書いていたと思います。・・・4、5カ月もその生活をつづけ、最初の長篇小説である『遠い山なみの光』の半分を書き上げました。やはり長崎を舞台とし、原爆投下後の復興の時期を描いた小説です。・・・私にとって決定的に重要な数カ月でした。あの時期がなかったら、たぶん作家にはなっていなかったでしょう」。

『失われた時を求めて』に出会ったことで、著者に大きな転機が訪れます。「しばらくまえから寝具の中に紛れ込んでいて気になっていた何か重いものが、マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』の第1巻であることに気づきました。せっかく手元にあるのだからと思い、手に取って読みはじめました。・・・単純に文章が美しかったこともありますが、それ以上に、一つのエピソードを次のエピソードへつなげていくプルーストのやり方に身震いするほど興奮したからだと思います。・・・突然、目のまえに、私の2冊目の小説への撮り組み方が開けてきました。これまでより自由で、胸躍るような方法です」。『浮世の画家』の誕生です。私がこよなく愛するプルーストが、カズオ・イシグロに大きな影響を与えたことを知り、嬉しくなりました。

著者は、46歳の時、ハワード・ホークス監督の1934年作品『特急二十世紀』から啓示を受けます。「いま振り返っても、(『特急二十世紀』を見た)あの夜がターニングポイントでした。・・・あの夜以来、私は物語の組み立て方法を変えました。たとえば『わたしを離さないで』を書くとき、私はまず、中心となる三角関係から考えはじめ、次いで、そこから広がっていくはずのさまざまな関係を組み立てていきました」。私の一番好きなカズオ・イシグロ作品『わたしを離さないで』は、こうして生み出されたのです。

著者にとっての文学とは、いかなるものなのでしょうか。「結局のところ、物語とは一人が別の一人にこう語りかけるものでしょう――私にはこう感じられるのですが、おわかりいただけるでしょうか? あなたも同じように感じておられるでしょうか?」。

講演の最後で、こう呼びかけています。「この世界の全体を正すことは困難です。ならば、せめて本を読み、書き。出版し、推薦し、批判し、授賞しつづけられるよう、私たちの住むこの『文学』という小さな一角だけでも、維持発展させていきましょう。不確かな未来に私たちが何か意味ある役割を果たしていくつもりなら――今日と明日の作家から、それぞれのベストを引き出そうと願うなら――私たちはもっと多様にならなければなりません」。共通の文学的世界を広げていこう、ありとあらゆる新しい表現方法を歓迎し、育んでいこう――と呼びかけているのです。

カズオ・イシグロのファンにとっては、見逃すことのできない英和対訳版の一冊です。