榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

マルセル・プルーストの最晩年の8年間、彼に仕えた忠実な家政婦の追憶記・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2987)】

【読書クラブ 本好きですか? 2023年6月21日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2987)

インカーヴド・カクタス咲きのダリアにコアオハナムグリが集まっています(写真1、2)。キシダグモ科の一種(写真3)、ウスカワマイマイ(写真4)をカメラに収めました。ヒマワリ(写真5)、キバナノコギリソウ(写真6、7)、ヒルガオ(写真8)、コヒルガオ(写真9)が咲いています。近くの農家の庭先で、朝穫りのエダマメが売られています(写真10)。我が家の頭上でヒヨドリ(写真11)が鳴いています。ナツツバキ(写真12、13)が毎朝、数十の花を咲かせては、その日のうちに落花するので、早朝の掃除が我が家の庭師(女房)の日課になっています。

閑話休題、長年に亘り『失われた時を求めて』を書き継ぎ、完成させたマルセル・プルーストの最晩年の8年間、忠実な家政婦として彼に仕えたセレスト・アルバレの追憶記『ムッシュー・プルースト』は、プルースト・ファンにとって見逃すことのできない一冊です。

訳者が「あとがき」で、このように述べています。「『失われた時を求めて』という作品を理解する上で、彼の実生活の解明は重要な要素となる。・・・本書がいわば(セレストの)間違ったプルースト像に修正を加えるといった弁護的な性格を持ったものであることは、やはり一応は頭に入れておく必要があるだろう。・・・『ムッシュー・プルースト』も、やはり刊行後、はげしい賛否両論の渦にまきこまれた。たとえば、プルーストはユダヤ系の家柄、それに加えて同性愛者という2つの負い目を背負って生きていたのだから、必然的に自己を偽る生活を強いられていた、それにもかかわらずセレストのように、単純に素朴にプルーストを神のごとく信じるには、まるで道楽息子の非行を認めようとしない愚かな母親のようだ、といったきびしい批判も見られた。しかし一方において、本書に一貫して流れている誠実な態度、自らの芸術のためにすべてを捧げた一人の特異な人間に対して、理由もよくわからないままに身も心も捧げた一人の女性の無私無欲な態度には、やはり人の心を打つものがある点を認めている批評も見られる。訳者もその一人であって、この本には客観的な事実をこえて、やはり人間的な誠実さについて深く考えさせられる点が多いと思う。とりわけ後半のプルーストの死の前後の事情を述べた部分は感動的である」。

失われた時を求めて』(鈴木道彦訳、集英社文庫、全13巻)を読了した私にとって、とりわけ興味深いのは、下記の3点です。

第1は、『失われた時を求めて』の最重要な登場人物であるド・シャルリュス男爵のモデルとなったロベール・ド・モンテスキウ伯爵(写真15の上)とプルーストの親密な交際ぶりが描かれていること。

第2は、プルースト憧れの美女・グレフュール伯爵夫人(写真15の下)が、『失われた時を求めて』のゲルマント公爵夫人の造形に大きな影響を与えたことが明かされていること。プルーストは、モンテスキウという伝手を頼って漸く、モンテスキウの従妹のグレフュールと近づきになれたのです。

第3は、『失われた時を求めて』の中で、主人公が最も愛した女性・アルベルチーヌのモデルと言われている、プルーストが愛し、その死を深く悲しんだ専属運転手、アルフレッド・アゴスチネリ(男性)とプルーストの微妙な関係が述べられていること。セレストは二人の間に同性愛関係はなかったと主張したいようだが、私には、その目論見は破綻しているように見えます。

●プルーストについて――
「その優雅さの故に、彼をむしろ小男だと想像する人たちがいる。だが彼は私と同じくらいの背丈で、私は1メートル72近くあるのだから、背が低くはないのだ」。

「M(ムッシュー)・プルーストが作品のために、そして私も一緒に閉じこもった世捨人の生活が始まった。以後8年間、その生活は最後までもはや何ものにも乱されなかった」。

「『セレスト、あなたは生きるだろう。そしてぼくが死んだら、ぼくの話したことがわかるだろう。みんながぼくの本を読む、そうだ、世界中の人たちが読むだろう。あなたは大衆の目や心のなかでのぼくの作品の進展に立会うのだ。それでいいかい、セレスト、このことをよく憶えておいてくれ』」。プルーストは自身の死後の栄光を確信していたのです。

●モンテスキウについて――
「最初から(モンテスキウ)伯爵の個性に魅せられていた、と彼はいつも語っていた。・・・モンテスキウはとても深い教養の持主で、その種のことにはM・プルーストは常に尊敬の念を払っていた。彼はまた大きな知性の持主でもあった――『虚栄心と自尊心の太陽のためにしばしばそれが見えなかったけどね』とM・プルーストは言っていた。彼はまたこうも言っていた、『彼は名門で、上流階級で、堂々としているからね』。M・プルーストはまた彼の優雅さについても語った。・・・もちろん、伯爵という人物のなかでM・プルーストが最も魅せられていたものの一つは、その愛の特異性だった。彼はほかのことと同様に、モンテスキウが秘書のイチュリ(男性)に抱いていた深い気持を一歩ずつ追いかけ観察した」。

「(1919年のモンテスキウの)最後の訪問を人が誇張していることを私は知っている。モンテスキウがM・プルーストと6、7時間も過したと主張する人もいる。実際には、2時間以上はいなかった。・・・『帰る前に彼がぼくに何を求めたと思う、セレスト?・・・こう言ったんだよ。<マルセル、とにかく、わたしはきみのド・シャルリュス男爵がどうなるか知りたいものだよ>』。M・プルーストはそれにどう答えたか教えてくれなかった。しかしその微笑から、またしても彼が伯爵をうまくなだめたことがわかった」。

●グレフュールについて――
「彼(プルースト)がグレフュール夫人にぞっこん参っていることは疑う余地がなかった。『いいかい、セレスト、今日だからこんなことを告白できるんだがね』とある夜彼は言った。『はじめて会ったときから、ぼくは完全に彼女に魅せられたらしいんだ。彼女はある種族、ある階級、ある品格、頭と首のある風格の持主だったよ!・・・それに頭髪のなかに天国の鳥を結うあの様といったら!・・・ユニークだったよ!』。そして彼はしなやかな両手で、頭髪の上の鳥の優雅なポーズを真似て見せた。『彼女のは先天的なものだった』と彼は言っていた。『彼女だけのものだったよ。彼女が階段を上るそのしぐさを眺めるだけのために、ぼくは何度オペラ座へ通ったことか! ぼくはそこで、待ちうけていた。まるで自然にとまったような鳥の下で、優雅に首をのぞかせて通りすぎる彼女を見るのは、まさに至福だったよ』」。