榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

梅毒が多くの才能ある人物に恐ろしい最期をもたらした・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1307)】

【amazon 『世界史を変えた13の病』 カスタマーレビュー 2018年11月18日】 情熱的読書人間のないしょ話(1307)

今日は、10羽ほどのオナガの群れに出会うことができました。嬉しい限りです。ムクドリも群れています。あちこちで、3mほどまで伸びたコウテイダリア(キダチダリア)が薄紫色の花を咲かせています。因みに、本日の歩数は10,223でした。

閑話休題、『世界史を変えた13の病』(ジェニファー・ライト著、鈴木涼子訳、原書房)では、ペスト、天然痘、結核、コレラ、ハンセン病、チフス、ポリオなど13の病が取り上げられています。

とりわけ印象に残ったのは、「梅毒――感染者の文化史」です。

「(若干誇張があるかもしれないが)誰もが梅毒に感染した。1520年(梅毒について最初に記録された年)から1928年のあいだの有名人を挙げてみるといい。おそらく梅毒にかかっていた。たとえば・・・ベートーヴェンは感染したと考えられている。ナポレオンもだ。シューベルトもほぼ確実に。フロベールは絶対そうだ。ヒトラーもそうではないかと言われている。コロンブスは梅毒で死んだと考えられている。メアリー・トッドとエイブラハム・リンカーンさえも、感染していたと信じられている」。

「梅毒の感染法は単純だ。梅毒の腫れ物に梅毒トレポネーマというスピロヘータ細菌が含まれていて、それが肛門や(ペニスの)尿道、膣、口――要するに性的接触が行われ得るすべての部位の粘膜を通じて体内に入りこむ。感染してから約3週間後に、まず、硬性下疳と呼ばれる小さな腫れ物が(単数または複数)、梅毒が入りこんだ場所に生じる。この硬性下疳は通常、痛みはなく、その後消える。多くの人が気づきもしない。だが、消えてから5~12週間後に、熱や発疹が出て(手のひらや足裏が多い)、水痘のように見える場合がある。発疹は通常、痛みはないが、伝染性が非常に高く、すべての分泌液に細菌が含まれる。これは、梅毒が全身に広がった印で、肌やリンパ節、脳を冒し始める」。

「病気が神経系を冒すと、どの段階でも脳梅毒が生じ得るが、ほとんどの場合第3期に起こる。脳の炎症反応が神経線維の束の破壊を引き起こす。脳梅毒の症状が、頭痛のように軽い場合もある。しかし、多くが躁病や人格の変化、重度の認知症といった精神疾患を発症する。こうした精神疾患が、想像力の爆発につながる場合もある。哲学者のフリードリヒ・ニーチェは梅毒を患ったと思われる晩年に、『この人を見よ』などの作品を書いた。ニーチェが梅毒患者だったかどうかについては議論が分かれているが、誰の場合もそうである。奇妙な例外は、作曲家のフランツ・シューベルトだ。シューベルトの死後、友人たちは彼の手紙や日記をすべて燃やして病気を隠そうとしたものの、伝記作家は全員、『シューベルトが確実に梅毒に感染していたことに議論の余地はない』と言っている。反論があろうと、わたしはニーチェが梅毒患者だったと99.9パーセント確信している。シューベルトの場合と同様に、ニーチェの家族は彼の死後、隠蔽工作に励んだ。非常に道徳心の高いニーチェの妹は、彼が梅毒患者だったという意見を、『実に不快な疑惑』と呼んだ」。

「だが、1889年、死亡する11年前に、ニーチェは病院に入れられ、(数十年前に梅毒にさらされたと認めたあと)正式に梅毒と診断された。・・・躁病、失明、晩年の手紙の読みにくい筆跡といった症状」が現れたのです。

「神経学者のジークムント・フロイトは、梅毒の躁病がニーチェの作品に役立っていた可能性があると推測した」。

「ニーチェは恐ろしい死に方をした。梅毒が引き起こした精神疾患のため施設に収容された。晩年、意識鮮明な時期もあったものの、オックスフォード・ラウンドテーブル・スカラーのウォルター・スチュアートによると、『尿を飲み、便を食べ、取っておいた便を壁や自分の体に塗りつけた』。歴史家のデボラ・ヘイデンも似たような説明をしている。晩年、ニーチェは『身振り手振りを使い、話すあいだしきりに顔をしかめていた・・・ずっと興奮していて、頻繁に取り乱した。便を塗りつけ、尿を飲んだ。悲鳴をあげた』。・・・ニーチェは20世紀の最も偉大な哲学者のひとりだ。そのような恐ろしい死を迎えたとき、まだ55歳だった」。

「多くの梅毒患者が、同様にむごい最期を遂げた。画家のテオドルス・ファン・ゴッホ(フィンセントの弟)は、認知症で狂暴になり、妻子を攻撃した。作家のギ・ド・モーパッサンはそれよりも穏やかな形で正気を失い、最期の日々は、彼の思考はどこへ行ったか知っているかと、心配そうにみんなに尋ねていた。・・・最終的には拘束が必要となり、『暗闇、暗闇』と繰り返しつぶやきながら死んだ」。

梅毒に対するさまざまな治療法が試みられたが、著者は、現在は、病院に行って、ペニシリンを処方してもらうようにアドヴァイスしています。