私はスピノザの哲学を誤解していたことに気づきました・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2560)】
ヒバリ(写真1~8)の冠羽が目を惹きます。クルメツツジ(キリシマツツジ。写真9~11)が見頃を迎えています。フクロナデシコ(写真12~14)が群生しています。我が家の庭の片隅では、コバノタツナミ(写真15)が咲いています。因みに、本日の歩数は11,609でした。
閑話休題、フランスの高校生はバカロレア(大学入学資格試験)で哲学の筆記試験があるので、哲学を勉強する必要があります。『フランスの高校生が学んでいる10人の哲学者』(シャルル・ペパン著、永田千奈訳、草思社)は、この試験用の、最も人気のある受験参考書です。
取り上げられているのは、理想主義者・プラトン、現実主義者・アリストテレス、急進的な良識派・デカルト、幻想批判者・スピノザ、革命的哲学者・カント、野心家・ヘーゲル、反哲学的哲学者・キルケゴール、複数の顔をもつ哲学者・ニーチェ、過激な思想家・フロイト、スター哲学者・サルトル――の10人です。
●プラトン
「(モンテーニュが引いたプラトンの言葉)『哲学とは死に方を学ぶことだ』というのは、死によって肉体の限界から解放されるのを待つまでもなく、思考によって永遠のイデアに到達せよという意味である。・・・死は魂を肉体から解放してくれる」。
●アリストテレス
「プラトンとアリストテレスの対立は、道徳(モラル)と倫理(エシック)の対立の始まりでもある。プラトンは、道徳を基準とすることで人間を導き、少しでも知的な理想(善という永遠で不変で必然のイデア)に近づけようとする。アリストテレスは道徳よりも倫理を優先させる。運に支配されたこの世の中ですべての人の行為を善という普遍的な絶対の概念によって律するのは無理なことだと諦め、それでも少しは『まし』になるように、状況や時代の変化に応じてその都度、適切な行動を選んでいくほうが好ましいという考え方である。道徳は『究極の善』を求めるが、倫理は常に変化する世界のなかで『最善』を目指す。アリストテレスが『エウデモス倫理学』『ニコマス倫理学』の著者であり、倫理学の祖である。つまり、彼の思想はプラトンよりも現代的なのである」。
●デカルト
「デカルトの抱える矛盾は、彼の2冊の著書『省察』と『方法序説』の両極端な内容と、その対比によく表れている。まず、すべてを疑い、世界の存在さえ疑念を抱く、急進的な側面があり、もう片方には、現在『デカルト的』とされている慎重で、進歩的な良識ある側面もある。この2つの特性は混じり合うことも少なからずあるのだが、わかりやすくいうと、『省察』のほうが急進派で革命的なデカルト、『方法序説』のほうが慎重で、良識派、伝統を守るデカルトだ。デカルトにとって良識は『世の中で最も広く共有されているもの』であった」。
●スピノザ
「幻想を徹底的に批判しつづけることで、スピノザは神の否定にたどりついたのだ。神を否定し、無神論者として破門されるのに至ったスピノザの思想が、迷信を批判することから始まったと聞いても何の驚きもないだろう。スピノザは迷信のはびこる仕組みを見事に解明して見せた。自分の感情(希望、不安、もしくは希望と不安のあいだで激しくかき乱される気持ち)に説明がつかず、答えが見つからぬことに耐えられなくなると、人はその感情を架空の存在のせいにしたくなる。感情の本当の原因がわからない場合、神というものがいて、今、自分が置かれている状況には何らかの理由があるのだと思うことで自分を納得させようとする。・・・3つの幻想を否定する立場からすると、唯一絶対神はありえないという結論に至る、『神が世界をつくった』は合目的幻想だ。『神は人のために自然や動物たちをつくった』は人間中心幻想だ。『神はその怒り、愛、知識、能力を人に伝える』は神人同形幻想だ。・・・スピノザは死の直後に刊行された代表作『エチカ』のなかで、自由裁定を主張する人間を、斜面にあり、転がらずにはいられない石にたとえている。人はこの石のように、自分の意志と関係なく転がり落ちていくのに、自らの意志で転がっているつもりでいるというわけだ。これもまたスピノザの人間中心幻想批判である」。
「神についての不適切な思い込みを次々に暴いたうえで、スピノザは神を『自然』もしくは、私たちすべてが属する『森羅万象』と再定義する。神が自然のなかにあるわけではなく、神そのものが自然であるとし、『神即自然』という言葉で表した。その意味で、スピノザ哲学は、自然のなかに神々を見出す汎神論とは異なる。神そのものが無限の自然であり、無限の素材によって『無限の属性』をもつ『無限の実体』を表出する」。
この件(くだり)を読んで、私はスピノザの哲学を誤解していたことに気づきました。これまで学んできたスピノザ像とあまりに異なるので驚くとともに、『エチカ』を再読したくなりました。
●ヘーゲル
「過去の蓄積を経て、過去を超越していくというヘーゲル特有の思考方法は、ヘーゲルの弁証法を呼ばれている」。
●フロイト
「フロイトは『精神分析入門』で、死を考えるからこそ、人は濃密で充実した人生を、本当の意味で人間らしく生きることができると書いている」。