榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

二人の男性の間で揺れ動く女性の心理を、清張が活写・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1632)】

【amazon 『途上――松本清張初文庫化作品集』 カスタマーレビュー 2019年10月6日】 情熱的読書人間のないしょ話(1632)

トンボ観察会に参加しました。いわゆる「赤とんぼ」(トンボ科アカネ属)の代表的な3種――腹部が赤く、眼が茶色いアキアカネの雄、眼を含め全身が真っ赤なナツアカネの雄、ノシメトンボの雄、雌――をカメラに収めました。トンボに造詣の深い田中利勝さんの説明で、ノシメトンボの雄(左)と雌(後ろ)の違いがよく分かりました。ウラナミシジミ、チャバネセセリ、キイロスズメバチ(ケブカスズメバチ)、エンマコオロギの雌、ハバヒロカマキリが見つかりました。農業用水路で、のんびりとフナ釣りをしている人たちがいます。因みに、本日の歩数は18,712でした。

閑話休題、『途上――松本清張初文庫化作品集』(松本清張著、細谷正充編、双葉文庫)に収められている『紙碑』は、二人の男性の間で揺れ動く女性の心理が、臨場感豊かに描き出されています。

「A社から『現代日本美術大辞典』が出る。来年の昭和五十一年春という。全三巻で、目下編集中という。広子はこの話を唐沢未亡人の手紙で知った。夫の留守にきたその手紙は焼いた」。

「広子は十五年前に死んだ画家、重田正人の妻だった。重田の死は四十六歳、広子が三十六歳のときであった。七年経って勧める人があり、子のない広子は北野孝平と再婚した。北野は都立高校の教頭だった。広子とは七つ違いである。北野も三年前に妻と死別していた。彼にも子はなかった」。

「いっしょになってからの北野は、重田正人のことを口にしなかった。しかし重田を意識している。言葉に出さないのがその証拠である。彼はあきらかに嫉妬に耐えていた。画の話をすることは絶対になかった」。

「従来の美術辞典といった類書に重田正人の名が一度も載ったことはなかった。目立たない存在であり。寡作であり、非主流の作家というラベルを貼られているためか、収録から入り棄てられてきた。もしその実術辞典に『重田正人』の名が載せてもらえたら。――。広子に強い願望が湧いてきた」。ここから、広子は重田が収録されるのか知るために、もし選から漏れているならば、何とか載せてもらおうと、勇気を奮い、思い切って、伝手(つて)のないA社の編集部次長・中川に会いにいきます。

「――重田の作品については、いろいろな評価があると思います。でも、ここで現代日本美術大辞典に載らないとなりますと、重田正人の名は永遠に没してしまいます。たとえ名前だけでも掲げていただきとうございます。それが重田の記念碑になります。妻として心からお願いいたします。この言葉は妻だった者として、と云わなければならない。広子はそれに気づかなかった。極力、編集委員の先生方にご希望が届くようお伝えします、というのが聞いた中川の変らぬ答えであった」。

「なんとしてでも重田正人の名を辞典に載せてもらいたかった。墓地の立派な石塔よりも、それこそ永久に残る神のモニュメントである。重田と共にした十九年間の苦労がその碑(いしぶみ)に刻まれる。彼への愛が塗りこめられる」。

この短篇は、「じぶんは校長の妻よりも画家の妻だというのがあらためてわかった。絵具と溶き油の臭いが斑点(しみ)のように肌の下にこびりついているのを知った。北野と別れたあとの養老院入りを、広子は心に泛(うか)べていた」と結ばれています。

こういう妻に巡り合えた正人は、本当に幸せ者ですね。胸が熱くなりました。