榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

「肥満した脂肪細胞→慢性炎症→あらゆる生活習慣病」という恐ろしい図式・・・【薬剤師のための読書論(34)】

【amazon 『臓器たちは語り合う』 カスタマーレビュー 2019年7月4日】 薬剤師のための読書論(34)

臓器たちは語り合う――人体 神秘の巨大ネットワーク』(丸山優二・NHKスペシャル「人体」取材班著、NHK出版新書)には、驚くべきことが書かれている。

「これまで人体は『脳』が全身を支配し、その他の臓器はそれに従っている、というイメージがありました。しかしいまでは、臓器同士は脳を介さず連携し、そのネットワークが人体を機能させている、という考え方に大きくシフトしています」。

著者は、人体には「メッセージ物質」があふれている、と意外なことをのたまう。「メッセージ物質は、体内のネットワークの中で、臓器から臓器へ、細胞から細胞へと情報を伝えている物質です。これは、インターネットにたとえるなら『電子メール』や『ツイート』に相当します。・・・この数十年間、科学の進歩によって数千種類にもおよぶメッセージ物質が見つかり、いまも発見は続いています。私たちの体は、メッセージ物質であふれている――。この気づきこそが、ネットワークという新たな人体観へのパラダイムシフトを生み出した原動力となっています」。早くから、よく知られているメッセージ物質はホルモンであり、メッセージ物質が行っているのは「指令」というより「つぶやき(ツイート)」のようなものだというのである。

本書は、腎臓、脂肪・筋肉、骨、腸、脳に関する新しい知見が紹介されているが、私が一番興味を惹かれたのは、脂肪組織が脳に指令を出しているという、常識とは正反対の仕組みだ。「脂肪組織とは、いわゆる皮下脂肪や内臓脂肪。ぽっこりお腹に詰まったあの脂肪が、人体の司令塔であるはずの脳に対して、指令を出しているという事実に世界が驚きました。・・・レプチンを出しているのも、脂肪細胞です。自身が蓄えている脂肪の量に応じて、脳をコントロールしているのです」。

「レプチンによる食欲抑制が効かなくなって肥満になった後、私たちの体にどんな影響が出てくるのか、見ていきましょう。日本では、『内臓脂肪症候群』と訳され、メタボと略されることも多い、メタボリック・シンドロームです。・・・実は、メタボリック・シンドロームの本質は、脂肪細胞が出すメッセージ物質にあるのです。レプチンの発見以降、脂肪細胞が出すメッセージ物質が非常にたくさん見つかっています。科学の用語では『アディポサイトカイン』(略称:アディポカイン)と呼ばれます。『アディポ』というのは、『脂肪の』という意味。『サイトカイン』は日本語では『細胞間情報伝達物質』と呼ばれ、主に免疫細胞(白血球)がコミュニケーションするためのメッセージ物質を指す言葉です」。

「現在見つかっているアディポカインは、数百種類あるとも言われます。中でも注目されているのが、『炎症性サイトカイン』と呼ばれるグループの物質で、これこそメタボリック・シンドロームの原因と目されています。具体的には、『TNFα』や『インターロイキン』などの物質です。炎症性サイトカインが伝えるメッセージは、免疫細胞同士の警告信号のようなもので、『敵が来たぞ!』というサインです。実は、肥満になると脂肪細胞がこの危険信号を過剰にまき散らすようになることがわかってきました。脂肪細胞が出した炎症性サイトカインを受け取った免疫細胞は、臨戦態勢に入ります。細胞分裂して増殖したり、自らもさらに炎症性サイトカインを出して、仲間を呼んだりし始めます。こうして、全身の免疫細胞が活性化されていきます。ウイルスや細菌をやっつけるのが免疫細胞の仕事ですから、免疫が活性化するのは良いことのように思えます。しかし、一概にそうとは言えません。良い活性化のしかたと悪い活性化のしかたがあるのです」。

「ウイルスや細菌の感染がないにもかかわらず、全身の免疫が過剰に活性化している状態は、『慢性炎症』と呼ばれます。この言葉は、われわれ一般人はちょっと誤解しやすい表現なのですが、医学界においてメガボリック・シンドロームを説明する際に広く使われるようになってきた用語です。炎症と言えば、傷口の周りが赤く晴れた状態をイメージする人が多いと思います。でも、慢性炎症が起きるのは、局所ではなく、全身です。時に、血管の中で起きています。また、赤く腫れるほどのものではなく、より弱い炎症です。そのため、慢性炎症になっていたとしても、自分自身で気づくことはありません。しかし、慢性炎症の状態が長く続くと、恐ろしい事態を引き起こしていきます。動脈硬化、糖尿病、高血圧など、以前はそれぞれ違った原因があると考えられていた病気が、最新の研究では、どれも慢性炎症をきっかけとしている可能性が指摘され始めています。さらに、がんや認知症といった病気の背景にも、慢性炎症が深く関わっていることも明らかになってきています。現代人を悩ませる多くの病気の根っこが、実は一つであることがわかったのです。そして、体内で慢性炎症が起きていることで、さまざまな病気の発症が予想される状態が、メタボリック・シンドロームと呼ばれるようになりました。これが、メタボの正体です。慢性炎症のさらに元をたどれば、肥満した脂肪細胞が過剰に出している炎症性サイトカインが原因ですから、『肥満は万病のもとになる』ということになるのです」。何ということだろう。慢性炎症が、あらゆる生活習慣病の原因だというのである。

筋肉についての記述にも、びっくりさせられた。「筋肉は体重の40パーセントを占める、人体最大の臓器です。少し前までは筋肉と言えば、体を動かすだけのもので、『臓器』というより『組織』と呼ばれることの方が多かったかもしれません。しかし、筋肉が、私たちの健康に役立つ何種類ものメッセージ物質を発信していることが明らかになり、臓器と呼んだ方がいい存在であることが明確になってきました。このあたりは、脂肪組織も同じです。『筋肉は臓器である』『脂肪は臓器である』という言い方がされるようになってきています。マイオカイン(=筋肉が出すさまざまなメッセージ物質)が次々と見つかり始めたのは、脂肪のアディポカインよりも少し後でした。ペダーセンさんがマイオカインを提唱した当初は、『まさか筋肉がメッセージ物質を出すなんて』という否定的な反応と、『それ、あるかもね!』という反応が両方あったそうです。研究が盛んになったのは2000年代以降ですから、このあたりが、『全身の臓器がメッセージ物質を出して語り合っている』という人体観への変革が始まった時期と言えるかもしれません」。

運動すると大腸がんが予防できるという例が検証されている。「運動による刺激で筋肉がなんらかのマイオカインを出し、これが大腸に働きかけて、がんの発生を抑えるという説で、実際、いくつかの候補物質が見つかっています。・・・大腸がんの他にも、さまざまな病気がマイオカインで予防・治療できると期待され、研究が進められています」。

「(ペダーセンさんの)実験によって、筋肉から大量に出ていることがわかったのは、『IL6』という物質です(ILは、インターロイキンの略)。このメッセージ物質に、『慢性炎症を抑える働き』があることがわかってきました。これを聞いて、医学に詳しい人の中には、びっくりする人もいるでしょう。なぜかというと、IL6は『敵が来たぞ!』というメッセージ物質のTNFαと並ぶ、炎症性サイトカインの代表格で、外敵の襲来を警告する物質の一つだからです。慢性炎症を促進することはあっても、抑制するなどありえない、というのが常識でした。しかし、ペダーセンさんの研究で、IL6がTNFαを抑え込むことによって、免疫細胞の活性化を抑制する方向にも働くことがわかってきました。・・・IL6とTNFαは似たような作用を持つため、互いに競合関係にあります。こうした場合、相手方を抑制することは免疫の世界ではよくあることなのです。筋肉は、IL6をどっと出すことで、いったんTNFαの放出を抑え込み、すぐにIL6(の放出)を止めて、慢性炎症の拡大を防いでいる可能性があります。・・・IL6の他にも、いくつものマイオカインが見つかっており、いまのところ健康に寄与する物質がほとんどです」。筋肉が出すメッセージ物質が、健康のカギになっているというのだ。

私たちの医学常識がどんでん返しにされる一冊である。