榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

現状のままでは、国際共同治験で日本は後れを取ってしまう・・・【続・独りよがりの読書論(19)】

【にぎわい 2014年1月31日号】 続・独りよがりの読書論(19)

統計学は最強の学問か

統計学が最強の学問である――データ社会を生きぬくための武器と教養』(西内啓著、ダイヤモンド社)が、多くの人々に統計学という学問の存在と魅力を知らしめた。著者は、統計学が最強の武器になる理由は、「どんな分野の議論においても、データを集めて分析することで最速で最善の答えを出すことができるからだ」と述べている。そして、社会調査法、疫学・生物統計学、心理統計学、データ・マイニング、テキスト・マイニング、計量経済学の6分野において、いかに統計学が役に立つかを、実例を挙げて示している。

私にとって特に興味深かったのは、「科学的推論の形式には大きく分けて帰納と演繹がある。・・・(現代統計学の父、ロナルド・A・)フィッシャーの弟子であるC・R・ラオは『統計学の発展によって帰納的推論における不確かさが数量化され、帰納的推論がより正確になり、我々の思考に大きな躍進がもたらされた』と述べている。データとはすなわち個別の事例をわかりやすくまとめあげたものであり、統計学の目的は帰納的推論である。・・・一方、演繹の代表格としてニュートンの力学が挙げられる」という箇所である。

また、系統的レビューとメタアナリシスを頂点とするエビデンスの4階層のヒエラルキーも興味深い。「専門家の意見や基礎実験よりも(疫学や)観察研究のほうが、そしてさらにランダム化比較実験のほうが信頼すべきエビデンスであり、複数のランダム化比較実験や観察研究をメタアナリシスして得られた結果は今のところ最善の答え」だというのだ。

「計量経済学であろうが統計学であろうが、大事なのは推論された結果だけでなく、どのような仮定が背後にあり、またその仮定がどの程度確からしいかを理解するということである。こうした理解さえできていれば、推計の過程でどのような手法を用いたかというのはあくまで瑣末な問題にすぎない」。

臨床研究という名の海

日経、朝日を初めとする一般紙の記事では、「臨床研究」と「治験」が対立する概念であるかのように扱われることが多いが、私には違う景色が見える。観察研究と介入(実験)研究が溶け込んでいる「臨床研究」という名の海の中に、「臨床試験」という名の島が見える。この島の中に、「治験」と「製造販売後臨床試験」と「研究者主導臨床試験」という名の湖がある。その「治験」の湖の中に、「企業治験」と「医師主導治験」という名の小島が浮かんでいる。

医療統計学の最良の教科書

私が三共(現・第一三共)でメバロチンのプロダクト・マネジャーになった時、社内で医療統計に一番造詣の深い先輩から薦められたのが、『臨床研究デザイン――医学研究における統計入門』(折笠秀樹著、真興交易<株>医書出版部)であった。

統計ソフトが充実した現在、○○検定ができるようになることよりも、デザイニングがより重要であり、その際には、統計的センスが力を発揮するという著者の方針のもとに、医療統計学の基本的な考え方、仮説検証のための研究デザイン(計画)の立て方、そして統計数字の読み方・書き方などが、実に分かり易く解説されている。それも、数式や計算例を示すことなく。

製薬企業、CRO、SMO、CSO必読の3冊

企業治験――改正GCP省令のポイント』(宮田俊男著、じほう)は、厚労省で治験制度改革に携わった著者が、世界的に急増している国際共同治験において、現状のままでは、日本が韓国などに後れを取ってしまうという危機感から書かれている。現状を放置することは、内資の製薬企業のみならず、外資系製薬企業の日本支社にとっても由々しきことだろう。

医師主導治験――改正GCP省令のポイント』(宮田俊男著、じほう)は、難病などで苦しんでいる患者のアンメット・メディカル・ニーズに対応するためにも、もっと医師主導治験が増えるべきとの考えに基づいている。

ICH-GCPナビゲーター――国際的視点から日本の治験を考える』(治験国際化研究会編、じほう)は、国際共同治験の増加という国際的な潮流から日本が取り残されないための案内役の役割を果たそうとしている。

新GCPガイダンス

宮田俊男は、2012年12月に、なぜ改正GCP省令と新GCPガイダンスが出されたかを正しく理解すれば、忙しいドクターやCRC(医療機関所属のCRC、SMO所属のCRC)、モニター(製薬企業所属のCRA、CRO所属のCRA)の「無駄な」業務をなくすことができ、治験が劇的に効率化すると強調している。

新GCPガイダンスが出された背景について、次のように述べているが、なかなか辛辣である。「今回、治験の実施において、あくまでGCP運用通知はガイダンスであることを明確化すべく、GCP運用通知そのものを廃止し、助言的に、むしろこの範囲までできるといったような踏み込んだ内容を盛り込んだGCPガイダンスとして発出し直した。これは2回も政府の閣議決定がなされたものである。通常、法律でもない課長通知が閣議決定の対象になることはまずない。・・・(従来の運用通知は)一方で『お作法』化し、国内治験数も上昇傾向にある現在では、グローバル的には無駄と思われる作業も多く発生し(『お作法』に慣れた関係者は無駄とも気づかない。むしろ『お作法』を遵守することが治験の『質』の向上と勘違いされている傾向にすらある)、日本の治験のコスト高やスピードの欠如にも影響を及ぼすようになった。・・・GCP運用通知にしばられ(本来、守るべきものはGCP省令で、GCP運用通知は参考のレベル)、グローバル企業はGCPの運用がガラパゴス化した日本の治験施設をますます選ばなくなり、韓国や中国などのコストが低く、スピーディな施設を選んでしまう」。

医師主導治験

「(日常診療で忙しい医師にとって、一度経験したら二度とやりたくない)医師主導治験はほとんど実施されずに、治験ではない臨床研究として多くの医師主導臨床試験が行われるようになったのが今の日本である。臨床研究は、臨床研究に関する倫理指針などを遵守して行われることになるが、法律ではないため、法的強制力はなく、薬事法に基づく医師主導治験と比べて、実施するハードルが低い。・・・国際共同治験の増加に伴い、米国の規制当局であるFDA、欧州の規制当局であるEMAなどが日本の医療機関にGCP調査を行いに来日するようになってきた。特に、医療機関における記録の保存や検査精度について、外国の監査にも十分耐えうる信頼性が求められる時代になってきている。企業だけががんばればよい時代はとっくに終わっており、企業と医療機関の双方ががんばらなければ、アジアの他の国が力を伸ばしてくると、日本は世界から選ばれなくなってしまう危機感を筆者は抱いている」と、こちらも強烈だ。

国際共同治験

『ICH-GCPナビゲーター』は、「日本において、国際共同治験をスムーズに進める環境を考えるには、ICH-GCPとこれを基にしたJ-GCPの違いを理解することが重要である」という考えのもと、ICH-GCPの既存訳に囚われない新たな翻訳を試みている。さらに、日本における国際共同治験を増やすための3つの提案を行っている。