スターリン、ヒトラー、毛沢東の「悪の出世術」の並列的研究・・・【山椒読書論(429)】
『悪の出世学――ヒトラー、スターリン、毛沢東』(中川右介著、幻冬舎新書)は、抜群に面白い。ソ連(現・ロシア)のヨシフ・スターリン、ドイツのアドルフ・ヒトラー、中国の毛沢東は、世界史上、膨大な数の人間を死に追いやったワースト3ともいうべき人物だが、この3人を並べて論じた書を他に知らないからである。
「スターリン、ヒトラー、毛沢東は、いずれも世襲の王ではない。ヒトラーは政権を獲得した時点ではナチ党のトップだったが、ナチ党の創立者ではない。毛沢東も中国共産党の創立メンバーのひとりではあったが、最初からトップだったわけではない。スターリンもソヴィエト共産党の前身であるロシア社会民主労働党の活動家として人生を始めたが、トップに立つまでには時間がかかっている。3人は、党内での競争というか抗争に勝ち抜いて党権力を掌握したのである。王家に生まれ、生まれた時から権力が約束されていたわけでもなければ、カリスマ的創業者だったわけでもない。組織の一員というポジションから叩き上げて、トップに上り詰めた。そして権力を握ると、反対する者を徹底的に粛清していった」のである。
著者は、「この本では、彼らが組織内で上り詰めていく過程と、権力掌握後、独裁者となって政敵をどのように葬り、絶対的権力を確立したかを描く。そこから、何を読み取るか――出世術の教科書として参考にするか、告発の書として読むか、歴史の裏話集として読むか、警鐘の書として読むか、悪漢小説(ピカレスクロマン)として楽しむか――、それは読者諸氏の自由だ」と語っているが、長年、組織の中で生きてきた私としては、2通りの読み方を提唱したい。
1つは、何をやってでも上のポストを狙おうという人間向けの「悪の指南書」としての読み方。もう1つは、どこの組織にも必ず存在するあくどい出世主義者を見破るための「悪の見分け方ガイドブック」として活用するという読み方である。
「立身」「栄達」「野望の果て」という時系列で、3人の行動が記されていく。この中から、粛清や大量虐殺といった論外なものは別にして、私たちビジネスパースンにとって有益な戦略・戦術を学んでいこう。
先ず、「組織のために自分の手を汚す。人の弱みを握り利用する情報を集める。誰も信用しない」を基本戦略としたスターリンから――。
●自分の意見は持たない。会議では最後に整理してすべて持っていく。
●嫉妬の持つ「負のエネルギー」の強さを利用する。
●変わり身は早ければ早いほどよい。
●時が来るまで直属の上司には逆らわない。
●最大のライバルには嘘の情報を流す。
●自分の敵でも『敵の敵』なら組織に残す。そして利用する。
●『共通の敵』の力を奪った後、それまでの同志とは距離を置く。
●常に多数派につく。そこを牛耳る。
●噂を利用して後方からライバルを撃つ。
●失脚したライバルは徹底的に排除して再起不能に。
次に、「あらゆることをオール・オア・ナッシングで決断。勝てる相手としか闘わない」を基本戦略としたヒトラーから――。
●大きなイメージ作りは細部の改竄から。
●どちらが有利かを瞬時に判断。
●言い逃れが可能な道を常にひとつ残す。
●成功したら、自分の入る前の組織は脆弱だったと強調しカリスマ性を高める。
●スピーチ力は大きな武器。
●いけると思った時は強気で攻める、ダメと判断したらすぐに逃げる。
●部下には仕事を丸投げし、あれこれ指図しない『理想の上司』となる。
●争いたくない相手と対立したら、無視して決着をつけず曖昧にする。
●「敵の敵は味方」理論を駆使する。
●上の人間の弱点は何かを考えて、行動する。
最後は、「敵が強い間はじっとし、持久戦に持ち込む。大失敗したら、組織をさらに混乱させた上で救世主として登場する。感動的なスローガンを掲げて、人心を掌握する」を基本戦略とした毛沢東から――。
●尊敬する人物でも、無能と分かったら見限りは素早く。
●左遷されても、組織内部の混乱を待ち、復帰の機会をうかがう。
●組織の失敗を、自分の成功のチャンスにする。
●一度掴んだチャンスは離さない。
●大きな失敗は無視し、小さな成功を強調する。
●大衆の心を掴む名コピーをたくさん作る。
●いまの敵と将来敵になる者をしっかり把握しておく。
●相手のほうが戦力が強い場合は、まともには戦わない。
●敵の悪口を噂としてばらまくネガティブキャンペーンを駆使する。
●具体的な失敗を批判されたら抽象論を唱えてごまかす。
ああ、この本を若い時に読んでいたらなあ。