榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

奈良を訪ねるときは、『古寺巡礼』を忘れずに・・・【情熱的読書人間のないしょ話(13)】

【恋する♥読書部 2014年5月16日号】 情熱的読書人間のないしょ話(13)

京都はもちろん素敵ですが、奈良もなかなか魅力的です。今回、30年ぶりに『古寺巡礼』(和辻哲郎著、岩波文庫)を読み返して、そう実感しました。

本書は、20代であった和辻哲郎が、奈良付近の古寺を見物した時の印象記です。「この書の取り柄が若い情熱にあるとすれば、それは幼稚であることと不可分である。幼稚であったからこそあのころはあのような空想にふけることができたのである」。

法隆寺の百済観音については、こう記されています。「抽象的な『天』が、具象的は『仏』に変化する。その驚異をわれわれは百済観音から感受するのである。人体の美しさ、慈悲の心の貴さ、――それを嬰児のごとく新鮮な感動によって迎えた過渡期の人々は、人の姿における超人的存在の表現をようやく理解し得るに至った。神秘的なものをかくおのれに近いものとして感ずることは、――しかもそれを目でもって見得るということは、――彼らにとって、世界の光景が一変するほどの出来事であった」。著者は、当時の人々の感動に思いを馳せているのです。

和辻を魅了した中宮寺の中宮寺観音(弥勒菩薩半跏思惟像)は、私の最も好きな仏像の一つです。「あの肌の黒いつやは実に不思議である。この像が木でありながら銅と同じような強い感じを持っているのはあのつやのせいだと思われる。・・・あのうっとりと閉じた眼に、しみじみと優しい愛の涙が、実際に光っているように見え、あのかすかにほほえんだ唇のあたりに、この瞬間にひらめいて出た愛の表情が実際に動いて感ぜられるのは、確かにあのつやのおかげであろう。あの頬の優しい美しさも、その頬に指先をつけた手のふるいつきたいような形のよさも、腕から肩の清らかな柔らかみも、あのつやを除いては考えられない」。著者が言うとおり、この仏像の美しさ、優しさ、清らかさは比類がなく、もしこういう女人に出会ったら、私などは卒倒してしまうことでしょう。

奈良を訪ねるときは、くれぐれも『古寺巡礼』をお忘れなく。