榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

「がん放置療法」に代表される近藤誠理論に徹底反論の書・・・【山椒読書論(461)】

【amazon 『「抗がん剤は効かない」の罪』 カスタマーレビュー 2014年7月1日】 山椒読書論(461)

自分の愛する家族ががんの告知を受けたとき、放射線科の医師・近藤誠の主張を真に受けた本人が抗がん剤治療を一切拒否するという挙に出たら、あなたはどうしますか? 私だったら、何はさて措き、『抗がん剤は効かない」の罪――ミリオンセラー近藤本への科学的反論』(勝俣範之著、毎日新聞社)を読ませるだろう。

「近藤誠医師の『医者に殺されない47の心得』や『抗がん剤は効かない』という本が話題になっています。これらの本が一般読者に多く読まれる背景には、『医療への根強い不信感』があるのではないでしょうか」。「近藤誠医師の『がんと闘うな』『抗がん剤は効かない』といったメッセージには、一般の人たちや患者さんの思いを代弁し、共感する部分があったものと思われます。ただし、近藤氏の主張には、その先に『放置療法』があります。がんを放置すればつらい治療からは解放されますが、その先、患者さんを救ってくれるものではないということです。積極的治療を批判し、非難するだけで、『がんとうまく付き合う方法』や『かんとどうやって向き合っていったらよいか』を教えてくれるわけではないのです」。「個人的な偏った見解に基づいて医学的データを使い、極端な主張をしている点で、がん患者さんに多くの誤解や混乱をもたらしています。また、医学論文を引用しながら解説しているので、がんの専門でない一般医師や若手医師にも、誤解をもたらしてしまうのではないかと危惧します」。

がんの専門家として第一線で治療に取り組んでいる腫瘍内科医の著者が、がん医療を巡るさまざまな誤解を解くと同時に、著者自身が最善と思う方法を明確に示している点で、本書は得がたい貴重な一冊となっている。

近藤の「がんもどき理論」「臨床試験データ捏造説」「がん放置療法」のそれぞれについて、著者は冷静に、そして科学的に反論を展開している。医療の最新成果がきちんと踏まえられているので、説得力がある。

「抗がん剤が嫌われる大きな原因は、副作用にあります。・・・三大副作用とされるのが、『脱毛』『吐き気』『白血球減少』。・・・21世紀になり、がん治療で最も進歩したのは、分子標的薬です。分子標的薬とは、がん細胞特有の分子に作用する新しいタイプの抗がん剤のことです。従来の抗がん剤は、体内で細胞の中のDNAを含む核を壊して、細胞を死滅させる働きをします。この時、体内のすべての細胞に見境なく働きかけるため、正常な細胞も攻撃してしまうのです。副作用が強く出てしまうのはこのため。しかし分子標的薬は、がん細胞の中の増殖や転移に関わる遺伝子をターゲットに働く薬です。がん細胞以外の正常な細胞には作用しにくいことから、従来の抗がん剤で多く起こっていた脱毛・吐き気・白血球の減少などの副作用は少なくなります」。著者は褒めるだけでなく、「これら分子標的治療薬の課題は、少ないとはいえ副作用があること」と、弱点も隠さずに指摘している。

「近藤医師の著作を読んでいると、ところどころに『おや?』という部分が出てきます。彼の論文の読み方が、冷静かつ客観的に科学論文を読もうというスタンスではなく、自説の『抗がん剤は効かない』『放置療法』に誘導しようとしているためではないでしょうか」。「(近藤理論が)医学界で話題になることはありません。それはひとつに、近藤氏が、医学雑誌などを通して『医師に対してきちんと発信していない』ことが原因ではないでしょうか」。近藤が自説の正しさを確信しているのなら、欧米の一流の医学雑誌に論文を投稿すべきというのだ。

「『がん放置療法』は人体実験」だとして、冷静な著者も、この点については怒りを顕わにしている。「このような治療法を施行することを許している慶應義塾大学病院には問題がないのでしょうか。慶応大学の倫理審査委員会に問題はないのでしょうか。このような『人体実験』を推奨している著書を、一般読者や患者さんに向けて出している出版社に責任はないのでしょうか。一臨床医として、放置療法を『放置』していることに対して大きな危惧を覚えます」。

「患者さんの治療方針を考える場合、科学的なデータというのも大事ではありますが、大切にしなければいけないのは、患者さんひとりひとりの価値観や生活の質です。がん治療には、手術、放射線治療、抗がん剤がありますが、どれもつらくて負担が大きい。これらの治療をどこまで行うのか、医療者だけで一方的に『やるほうがいい』『やらないほうがいい』と論じるのは、おかしなことです。がん治療は、患者さんの人生や生活に大きく関わってきます。価値観や生活の質というのは、患者さんひとりひとり違うものですから、正しい情報を提供して、良いコミュニケーションを取りながら、医師と患者さんが一緒に治療方針を考えていくことが大切ではないでしょうか」。著者のこの考え方に大賛成である。家族や私ががんの告知を受けたときは、このドクターに診てもらいたい。