榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

君は、尾﨑治夫という気骨ある医師がいることを知っているか・・・【山椒読書論(791)】

【読書クラブ 本好きですか? 2023年5月13日号】 山椒読書論(791)

本書を読まねば、コロナ禍の下、テレビでよく見かけた、この人物の真実を知らずに終わっていたことだろう。『揺らぐ反骨 尾﨑治夫――東京都医師会長とコロナ』(辰濃哲郎著、医薬経済社)のおかげで、「利」よりも「義」を重んじ、時の政権にも媚びなかった気骨ある尾﨑治夫という医師が存在することを知ることができた。

2020年3月30日、著者・辰濃哲郎は尾﨑に初取材した。「<政府も政治家も動きが鈍い。命を預かる立場として声を挙げなければという切実な思いだった。なかなか訴えが届かないので、試しにFBで声をあげてみたら予想以上の反響だったんでね>。・・・驚いたのは、尾﨑の口から官邸や政府への批判がポンポンと飛び出してきたことだ。<海外からの水際対策が遅れたと思ったら、今度は緊急事態宣言にも及び腰になってさ。病院の感染防護具の配布もなかなか進まないし、官邸には危機感が欠けている>。(東京)都医(師)会長ともなれば自分の発言には責任を持たねばならない。とくにメディアの前で口を滑らせれば、言葉は独り歩きして広まり政府ににらまれることになりかねない。保身に走る医師会幹部ばかり見てきた私にとっては想定外だった」。

「論文の数だけで昇進が決まるわけではないが、(順天堂大学の医局時代の)尾﨑は最後まで論文執筆には興味を示さなかった。質の高い研究論文を書く医師が、必ずしも良い臨床医とは限らない。と同時に、優秀な臨床医が、必ずしも大学で高い地位に就くとも限らない。そこが必ずしも一致しないところに、日本の医療の歪がある」。長らく医薬品業界で働いてきた私も、このことを痛感している。

11月――。「(新型コロナの感染者数が)GoTo(トラベル)が始まってから顕著な増え方だ。(日本医師会長の)中川(俊男)にとって、他人事ではない。なんとかGoToを止めなければ、医療はもたない。だが、政府との対峙を鮮明化すると、当時は首相になっていた菅(義偉)の機嫌を損ねてしまうので、日医として得策ではない。都医の尾﨑と歩調を合わせておく必要がある。・・・冒頭に話を始めた尾﨑は、GoToの『中断』を正面から訴えた。<『急がば回れ』という言葉があります。ここで一度、中断するという決断をしていただけないでしょうか>。中川の会見より踏み込み、そして都民へ呼びかけた。<医療サイドから申し上げると、いまの状態を放っておくと必ず医療崩壊につながってしまう。助かる命を助けられなくなると都民は困ると思う。皆さん、そうは思いませんか>」。

12月28日付の毎日新聞デジタルのインタビュー ――。「言葉遣いは丁寧だが、真っ向から菅批判を展開している。<感染が減っていた時の分科会での専門家の発言を取り上げ、経済を動かす根拠にします。一方で、感染が広まって分科会が危機感を表しても、それは取り上げない。・・・分科会はステージ3(感染急増)に相当する地域では、GoToトラベルの一時中止を求めていましたが、菅さんは変な理屈をこねていました>」。

2021年1月12日――。「(尾﨑は会見で)メディア批判も繰り広げた。<いまのこの第3波といいますか、この状況は本当に危険で厳しい。なぜそういうことをもっとマスコミの方も強調していただけないのか。なかなか自粛は無理なんですね、こんなに人が出てますよって話ばかり報道するんですか。そうじゃなくて、このままでは危険なんですという話をなぜしていただけないんですか。真剣に皆さん訴えましょうよ>」。

5月20日の記者会見――。「尾﨑はここで『ステイホーム・オリンピック』を提案している。当時は、代々木公園などでのパブリックビューイングが話題となっていた。尾﨑は、<パグリックビューイングなんか全部やめて、五輪中は家に閉じこもって、ひたすら競技をテレビで観よう。つまりステイホーム・オリンピックにしようというキャンペーンを張って、そうすれば期間中はテレビ観戦で人流がガタンと減る。緊急事態宣言と同じくらいの効果があるはず>」。

5月――。「歯に衣着せぬ政府批判を続ける尾﨑に、慎重な言い回しながら国民に自粛を要請する日医会長の中川俊男。このふたりは、週刊誌の格好のターゲットになっていた。・・・尾﨑の言動は注目され、そのことが週刊誌やネット民の格好のターゲットとなっていた。口をつぐんで大人しくしていれば、アンチに晒されることから逃れることもできたはずだ。だが、彼はそうはしなかった。心のなかで憤りや虚しさを抱えて落ち込むことはあっても、彼は矢面に立ち続けた。尾﨑の身体に染み込んだ反骨の性は、アンチを推進力に変えていく凄味がある。それは同時に、尾﨑の医者としてのプライドでもあった」。こういう医師が、日本にいたとは!

「尾﨑はコロナ禍の初期から、一貫して感染者の流れを集中させる専門病院の必要性を唱えてきた。都立・公社病院に専門病院化を迫るなど、大規模病床の必要性を訴えたのも趣旨は同じだ」。

「尾﨑は、重い症状にあえぐ感染者があふれていることに心を痛めていた。かかりつけ医であれば感染した自分の患者に責任を持ちたい。だが、武器となる特効薬が少なすぎる。入院できない患者にイベルメクチンを投与できれば、多くの感染者を重症化から救うことができるかもしれない。そのためには、イベルメクチンが緊急承認されるか、効果を見越して医師の判断で使用するか、いずれかの道しかない。尾﨑は、『指をくわえて見守る』のではなく、国を動かしてイベルメクチンの使用を認めてもらうしかないと考えていた」。

8月19日付の読売新聞オンラインの尾﨑の記事――。<どうしてイベルメクチンが効くか効かないか、自分たちで確かめてやろうという気にならないのか。やりもしないで批判ばかりしている評論家や研究者・学者がいるのは嘆かわしいことです。日本のアカデミアはもっと積極的に貢献してほしいと思います>」。イベルメクチンを巡る尾﨑の怒りは当然だ!

なお、本書では、新型コロナ対策に止まらず、日本医師会長選挙を巡る、どろどろとした内幕も明かされている。

「権益・利権を最優先してきた日医の会長に、ノブレス・オブリージュを掲げる尾﨑が就任したとしたら、日医は変わるに違いないと、私は思う」。私も全く同意見である。

尾﨑という気骨ある医師、その尾﨑の真実に迫った硬骨のジャーナリスト・辰濃の存在は、日本も捨てたものではないなと思わせてくれる。