読書の達人による読書苦手人間向けの名著読書の案内書・・・【情熱的読書人間のないしょ話(322)】
散策中に、緋色の花を咲かせているアカバナミツマタを見つけました。満開の黄色い花は、近づいてみると、フサアカシア(ミモザ)でした。ボケは鮮紅色の花が印象的です。アセビの白い花も咲いています。アセビには、薄桃色や薄紫色の花を付ける品種もあります。因みに、本日の歩数は13,009でした。
閑話休題、『読んだつもりで終わらせない名著の読書術』(樋口裕一著、KADOKAWA)は、読書の達人による読書苦手人間向けの名著読書の案内書です。
「読書体験が豊かだからといって、直接的に恵まれた人生を歩むわけでもありません。私自身も、とんとん拍子の人生ではありませんでした。しかし、読書によって得たものは、そうしたものに代えがたい財産だと私は思っています。読書をするだけで、世界各地のさまざまな時代を旅することができます。人の心の中をのぞき見ることもできます。古今東西の人々の思想を読み取ることもできます。深遠な世界を見つけ出すこともできます。しかも、繰り返し読むことによって、徐々に考えが深まり、いっそう深く楽しむことができるようになり、読む回数の分だけ、本の内容を自分のものにできます」。全く同感です。
「軽めの世界文学作品をあじわう」という章では、フランツ・カフカの『変身』が課題図書とされています。
「不条理小説とは、設定が非日常的だったり、辻褄が合わないことが次々と起こったりするジャンルの小説です。カフカをはじめ、『異邦人』のアルベール・カミュ、『砂の女』の安部公房などが、代表的な書き手とされています。1912年に書かれた『変身』は不条理小説の出発点ともいえる作品です」。これに続けて、著書は驚くことを記しています。
「しかし、近年読み返してみて驚きました。これは、『引きこもり小説』として読めるではないですか! もちろん、文学に引きこもり小説というジャンルはありませんが、そういってもいいくらい、『変身』は現代に通じる、社会と断絶された人間の日常を描いています」。この指摘は、ユニークで新鮮です。
本書によって、虫になってしまった主人公・グレゴールに対する彼の妹の役割に気づかされました。「カフカと父親の関係を投影したかのような、厳格で威圧的な父。息子を溺愛しながらも、自分からは何ひとつ行動を起こさない依存的な母。このふたりは、物語の最初から最期まで態度が一貫しています。彼らがグレゴールに対する関心をなくしていく中で、この妹だけがよくも悪くも感情をなくしていないのです。妹は、おそらく多くの人が取るだろう言動を体現している存在です。もともと優しい気持ちを持っているのでしょうが、切り換えが早く、現実的です。引きこもっている側からすると、手を出されること自体が不愉快で気にさわるのですが、そういうことには想像力が働きません。化け物を目の前にしたら、誰でも彼女のような態度を取るでしょう。そういう点で、非常にリアルに描かれています。その分、妹の変化が明らかになるにつれ、読み手はグレゴールの悲哀を感じずにはいられなくなります。彼の長い長い語りを読み続け、彼が引きこもっている部屋に閉じ込められたような息苦しさを体感してきたのです。グレゴールの気持ちを最も理解しているのは、作中の家族ではなく読者だといえるでしょう」。
「読み手は冒頭からずっと『どうして虫になったんだろう?』という疑問を抱いています。そして、いつか謎の答えが明かされるのだろうと思って読み進めます。しかし、その謎は解明されません。そして、読み手は謎が解明される期待を抱きながら、宙吊りにされたまま読んでいくことになります。これこそまさに不条理です」。私もこの作品を初めて読んだ時、まさに宙吊り状態にされたことを懐かしく思い出します。