雨上がりの土の匂いのする妻と、不器用な夫の相聞歌集・・・【情熱的読書人間のないしょ話(29)】
国営ひたち海浜公園の「みはらしの丘」の32,000株のコキア(ホウキギ、ホウキグサ)は、秋の日差しを浴びて赤々と燃えていました。その後、益子へ回り、窯元で陶芸の手びねりを体験しました。自作の茶碗が焼き上がってくるのが楽しみです。女房のコーヒーカップはなかなかの出来映えでした。
閑話休題、歌人夫妻の40年に亘る相聞歌が収められた『たとへば君――四十年の恋歌』(河野裕子・永田和宏著、文春文庫)が読みたくなりました。
先ずは、河野の作品から、とりわけ心に響くものを。
●たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか
●夕闇の桜花の記憶と重なりてはじめて聴きし日の君が血のおと
●ブラウスの中まで明かるき初夏の日にけぶれるごときわが乳房あり
●今刈りし朝草のやうな匂ひして寄り来しときに乳房とがりゐき
●羞(やさ)しさや 君が視界の中に居て身震ふほどに君が唇欲し
●かの初夏の疎林で嗅ぎし体臭を何のはずみにかまとひて君は
●こぞり立つぶ厚き鶏頭に手触れたり君を知り君のみを知り一生(ひとよ)足る
●雨くさいおまへの身体と言ひながら濡れた匂ひのからだ寄せくる
●灯ともさぬ階段に腰かけ待ちてをり今日は君だけが帰りくる家
●病むまへの身体が欲しい 雨あがりの土の匂ひしてゐた女のからだ
●一日に何度も笑ふ笑ひ声と笑ひ顔を君に残すため
●この家に君との時間はどれくらゐ残つてゐるか梁よ答へよ
●見苦しくなりゆくわたしの傍に居てあなたで良かつたと君ならば言ふ
永田の歌からも。
●土壇場で論理さらりと脱ぎ捨てて女たのしもほろほろと笑む
●背後より触るればあわれてのひらの大きさに乳房は創られたりき
●むこうむきに女尿(ゆまり)す黄の花の揺らげる闇にわれを待たせて
●亡き妻などとどうして言へようてのひらが覚へてゐるよきみのてのひら
雨上がりの土の匂いのする妻と、不器用で寂しがり屋の夫の愛の記録です。乳がんで妻を喪った夫の気持ちは、いかばかりだったでしょう。