榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

製薬企業、MRが生き残るために、今、しなければならないこと・・・【MRのための読書論(番外篇)】

【amazon 『製薬企業クライシス』 カスタマーレビュー 2014年10月30日】 MRのための読書論(番外篇)

必読の一冊

製薬企業クライシス――生き残りをかけた成長戦略』(宮田敏男著、エルゼビア・ジャパン)は、医薬品業界に身を置く人間にとって必読の一冊である。

製薬企業幹部への提言

先ず、製薬企業の経営幹部への提言を見てみよう。
●日本で国民皆保険制度が始まって約50年。国民は世界でも類を見ない恩恵、安価な医療費、フリーアクセスなどを受けてきたわけであるが、一方で製薬企業も安定した境遇に甘んじてきた。しかし急激な人口減少や、世界でも突出した高齢化率の伸び、財源の不足などにより、今大きなパラダイムシフトの時期に差し掛かっている。
●今後10年後に内資系の製薬企業は2~3社に集約されるかもしれませんし、逆にそうでもしないと、巨大化したメガファーマとグローバル市場で渡り合うのは難しいということかもしれませんね。ただ、重要なのは革新的な新薬を創出し続けるための基盤を国内に整えておくことです。経営トップも、これまで以上にアカデミアとの連携に注力すべきですし、私はそれを実現できるプラットフォームを整備する必要があると思います。
●日本の製薬企業はどのように生き残りを図っていくのか? 降圧薬や高脂血症、糖尿病などの領域はもはやレッド・オーシャンと化し、急速にGEに置き換わっていくことが予想される。このため、アンメット・メディカル・ニーズ領域における真の意味での「革新的新薬」や、超高齢化で大問題になっている認知症の早期診断後の早期治療薬などにシフトしていくよりないだろう。
●日本の製薬企業が生き残るためには、以下のような取り組みを実施していくことが必要ではないか。
①内資系製薬企業の統合による世界の上位トップ5~10入り
②アカデミア(法的な臨床研究中核病院を含む)、PMDA、AMEDを含めたオープンイノベーション
③政府の動きとのタイムリーな連動
④区や市、県など自治体との協調
⑤日本と海外の同時開発、同時マーケティング
⑥外資系の日本拠点をアジアの拠点にアピールせよ
⑦国家戦略特区を活用せよ
●もうひとつ別の切り口ですが、今後は「地域」がキーワードになってくると思います。14年4月の診療報酬改定でも、大きく分けると都道府県単位や二次医療圏単位、さらには地域包括ケアといった地域完結型医療について政府の大きな方針が示されています――沼田佳之。

日本における開発の問題

次に、日本における開発の問題について見てみよう。
●日本でも約10年前に薬事法が改正され、医師自らが治験を計画・実施する「医師主導治験」が可能になった。しかし煩雑な書類手続き、人材不足、医師の診療による時間不足等により、ほとんど普及しなかった。
●日本では、「治験」と「治験以外の臨床研究」が目的別に分かれている。これは欧米にはない日本独自のガラパゴス的な仕組みだ。筆者は両制度を分けたこと自体が政策的失敗であったと考えている。
●今後は、書類手続き重視の治験制度の抜本的規制緩和や、臨床研究制度の規制強化やデータ信頼性の向上。そして臨床研究関連人材の育成・確保など、治験と臨床研究の一体的改革が求められている。
●日本版NIH構想の要望により、15年4月に設立されるAMED(日本医療研究開発機構)には大きな役割が期待されている。それは基礎研究の成果から製品の実用化まで、トップダウンによる一貫した研究管理がなされるだろうという期待である。AMEDの所管省庁は、もはや文科省でも、厚労省でも、経産省でもない。今後基礎研究の成果は、医療の質の向上や産業化に資するよう各省の予算が統合化され、プロジェクト管理されるようになる。同時にレギュラトリー・サイエンスも推進され、新薬を含む新しい医療技術の審査ガイドライン作りも進むだろう。
●日本のアカデミアは公的研究費の乏しい環境に中で、企業からの奨学寄付に依存してきた過去があります。今回明るみになった(ディオバン問題やSIGN研究問題などの)一連の問題は、産学連携における問題を浮かび上がらせたと思います。いまこそ構造を変えるべきですね。研究費についてはAMEDにおいて基金化するのが良いのではないでしょうか。企業からの寄付と公的研究費をミックスして基金にする。いまAMEDに割り当てられている公的研究予算は約1400億円ですので、企業からの寄付をあわせれば、この倍額程度にはなるかと思います。企業は、「うまみがない」と感じるかもしれませんが、これだけ社会問題になった以上、今まで通りというのは難しいでしょう――堀田知光。
●製薬企業には製品開発にもっと力を入れてもらいたい。それには当然、アカデミアと連携しないと立ち行かなくなります。連携しながら適切な関係を構築していくことも求められるでしょう。例えば研究費を提供する場合には、透明性を明らかにした受託契約を結ぶ。COI(利益相反)はあってはいけないのではなくて、適切に開示することが重要なのです――堀田知光。

MRへのアドヴァイス

最後に、MRへのアドヴァイスを見ていこう。
●いまのMR数は過剰だと思います。昔は夜討ち朝駆けで何人もの医師に会って人間関係を築いてきました。しかし現在はMRと医師のリレーションは弱まっている。つまりMR一人当たりの生産性は落ちているわけです。仮にですがMRの数が現在の5分の1になれば、会社のコストがすごく減ります――加藤益弘。
●いま世界では革命的なことが起こっています。それはデジタルヘルスです。例えば、錠剤の中に信号の出るチップを埋め込むと、服薬記録やバイタルデータなどが医療者に転送されます。これに伴い当該企業の成長ホルモン製剤を担当するMRをゼロにしたところ、売上は3倍、粗利益は9割を確保できたそうです。そういう意味で、営業方法のパラダイムシフトは絶対に起こると考えます――加藤益弘。
●人間関係で売る時代は、既に終わっています。今後は医療パートナーとして、いかに深く関われるかが大事ですね。いまも各企業のトップMRは医療パートナーとしての役割を知らず知らずのうちに行っています。医師からの信頼が絶大だからこそ、その新薬の価値が増し、市場に深く浸透するのではないでしょうか――加藤益弘。
●国内製薬企業は「パテントクリフ」と恐れられる特許問題、長期収載品のGEへの急速な置き換えもあり、各社は人件費を削減すべくMR数を減少させている。臨床研究不正問題をきっかけとして、MRへの風当たりは医療現場からも世論も厳しい。
●MRは医療者と同様に、日本の国民皆保険制度によって生かされている職種である。まずは本来の原点に立ち戻るべきだろう。製薬企業はレッド・オーシャンとなった降圧薬、高脂血症、糖尿病領域からアンメット・メディカル・ニーズ領域の開発に大きく舵を切りつつある。そういった意味ではピュアな市場になっていくわけである。つまり、MRはアンメット・メディカル・ニーズ領域の疾患、ガイドライン、遺伝子変異などについて精通するとともに、医療者に革新的新薬の使い方、メカニズム(薬理作用)、使用上の注意点、世界中の最新の知見の提供を医療者に行うことが求められる。一方で、医療者からもフィードバックを得て、「知識」を「知恵」へと昇華させ、臨床医から信頼されるような臨床力を磨いていく必要があろう。
●(「がん患者・経験者の就労支援のあり方に関する検討会」がとりまとめた報告書を受けて)医療者の過度な業務負担にならないよう地域の医療機関との連携や、医師のシフト勤務制の導入が進むようになる。MRへのニーズ、MRの仕事の仕方も当然変わってくる。つまりMRも真の意味での医療への貢献、医療チーム者としての参加、地域への参加、他職種との調整力が求められる時代になったといえる。医師だけの満足度だけでなく、薬剤師や看護師、患者さん、ご家族の満足度も満たさなければならない。MRにも国民皆保険制度の維持と質の高い医療提供、イノベーションを支えるチームの一員としての気概やリーダーシップも求められるだろう。そういう意味では、製薬企業の幹部もMRを幹部候補生のキャリアパスに組み込むことも一案だろうと思われる。単なる営業屋さんという位置づけでなく、現場のニーズを把握し、企業の感度を養成する大切なポストとして、しっかりと位置づけていく必要があるのではないでしょうか。
●最近、京都市内で製薬会社7社のMRが参加する「合同症例検討会」が開催されました。各社がデータや論文を持ち寄ってどの薬剤が良いかを医師も交えて議論するといった趣旨の会です。これは本来あるべき姿で、企業のマーケティングも、臨床的な貢献をより重視していかなければならないと思います。医師や薬剤師も、医薬品のメリット・デメリットをシビアに判断し始めています。
●今後、在宅医療へとシフトしていくなかで、診療所の数は増えていきます。また保険薬局や訪問看護ステーションの役割も大きくなっていくでしょう。その中でアンメット・メディカル・ニーズ領域の薬が増えた時、在宅医療の拠点に情報を伝えていくのはMRのひとつの大きな役割になるだろうと思います。それだけの広い対象を今後カバーしていくには、今まで以上に活動を効率化しなければならない。他社とコラボレーションするというのもひとつのやり方かもしれません。開発で「オープンイノベーション」という考え方がありますが、今後は「オープンマーケティング」という発想もあるのかもしれませんね。
●今後生き残っていくうえでのネタは全て医療現場にありますので、やはり医療現場にかじりつく粘り強いMRが生き残っていくのではないでしょうか。

厳しい現状を、医薬品企業やMRが衰退していく過程と悲観的に捉えるのか、それとも、この危機的状況こそ、企業やMRが進化する絶好のチャンスと位置づけるのかは、本書をざっと読み飛ばすか、真剣に深く読み込むかに懸かっている。