榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

長者の娘の部屋で、人間燈台にされた若者・・・【山椒読書論(510)】

【amazon 『菊燈台』 カスタマーレビュー 2015年2月8日】 山椒読書論(510)

菊燈台』(澁澤龍彦著、平凡社ライブラリー)は、何とも妙な、落ち着かない読後感が残った。

瀬戸内海に臨む塩の産地で、多くの下人を使って海水を汲み、これを煮て製塩する百地(ももち)の長者と呼ばれる悪党がいた。「塩汲み桶をかつぐ男どもはみな、潮焼けした肌をくろぐろと光らせ、かっと照りつける陽に玉なす汗をしたたらせていたが、中にひとり、どう見てもまだこの仕事になじんでいるとは思われぬほどに、なまっちろく痩せたからだの目だつ若ものがあった。年は十八に満たぬだろう」。

ある日、若者は逃亡を図るが、失敗に終わり、長者の前に引き据えられる。「その夜から、長者が客人をあつめて酒盛をする広間で、菊麻呂は燈台の役目をさせられることになった。すなわち髪を総角(あげまき)にして左右に分け、耳のあたりで輪にして束ねたあたまの上に、油をなみなみと満たした燈明皿をのせて、そこに火をともす。燃える燈明皿を落さぬように頭上に支えて、夜がふけるまで広間にじっと立っている。さしずめ人間燈台だと思えばよい」。

多くの供を連れて伊勢参りに出かける日、長者は「志乃を近くへ呼んで、めっきり女っぽくなった娘を皮肉な目で見やりつつ、『形見というわけではないが、わしの菊燈台をおまえのためにのこして行こう。わしはもう飽きたから、あとはおまえが煮るなり焼くなり勝手にするがいい』」。

「菊燈台。ああ、なんという美しくも間然するところのない調度であろうかと、志乃は見れども飽かなかった。父母が家をあけるとともに、いまでは菊燈台は志乃の部屋に移されて、若いふたりだけの夜をあかあかと照らしていた」。立ち尽くす人間燈台は素裸にされていたのである。

この後の出来事は、あまりにも衝撃的なので、ここで口を噤まざるを得ない。