榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

ヨーロッパの被差別民は、どのようにして生まれたのか・・・【情熱的読書人間のないしょ話(155)】

【amazon 『自分のなかに歴史をよむ』 カスタマーレビュー 2015年8月26日】 情熱的読書人間のないしょ話(155)

8月も残り少なくなったこの時期に、毎年、地元でごく小さな花火大会が開かれます。時間は20分ぐらいで、花火の数も少なく、地味なものばかりですが、妙に親しみを覚えるのです。我が家の2階から眺めながら、夏の終わりを噛み締めています。

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閑話休題、『自分のなかに歴史をよむ』(阿部謹也著、ちくま文庫)は、10代の若者向けに書かれたものですが、人はなぜ人を差別するのかを考察した文章が含まれています。

「(ハーメルンの)笛吹き男とはいったい何者か、という疑問が私の頭からはなれませんでした。そこで中世において笛吹き男を含めた芸人とはどのような人びとであったのかを知ろうとしました。そこで私は、ヨーロッパ中世社会における差別の問題にはじめて触れることになったのです」。

「差別されたのはどういった人びとだったのでしょうか。・・・特定の職業に従事する人びとが、(貴族、聖職者、市民、農民などの)身分を構成しえない人びととして、恐れられながら、賤視されたのです。賤視というのは蔑視とは違っていて、恐れの気持ちがはいっていると考えなければならないと思うのです。賤視された人びとのことを賤民といいますが、彼らは一般の人びとと結婚できず、いっさいの接触は許されず、彼らが死んでも仲間の賤民以外は棺をかつぐ者がいないのです。町の居酒屋への出入りも禁じられ、教会の中でも同じキリスト教徒なのに、特別な席に座らされ、死んでも教会の墓地の中に葬ってもらえないのです。彼らとすれちがうと人びとは目をそむけ、いっさいの接触を断とうとするのです。では、どのような職業の人びとが賤視されたのでしょうか。驚くほどたくさんの職業が賤視されていました。死刑執行人、捕吏、墓掘り人、塔守、夜警、浴場主、外科医、理髪師、森番、木の根売り、亜麻布織工、粉挽き、娼婦、皮はぎ、犬皮鞣工、家畜を去勢する人、道路清掃人、煙突掃除人、陶工、煉瓦工、乞食と乞食取締り、遍歴芸人、遍歴楽師、英雄叙事詩の歌手、収税吏、ジプシー、マジョルカ島のクエタス(洗礼をうけたユダヤ人)、バスクのカゴ(特別な印を服につけさせられていた被差別民)、などがあげられています」。

「被差別民、賤民がなぜ、13、4世紀以降のヨーロッパ社会に生まれたのかという問題を考えてみたいと思います。ヨーロッパにも被差別民がいたということは、ジプシーやユダヤ人などのほかには、長い間日本の歴史学界では知られていませんでした。・・・賤視は身分の上下のなかで起こる現象ではなく、それとは次元を異にする問題なのです。賤視というばあい、私は畏怖の感情が根底にあると考えています。ただ軽んずる心だけではなく、恐れという感情が屈折して賤視に転化してゆくのだと思うのです。(賤視された)それらがおおまかにいって、死、彼岸、死者供養、生、エロス、豊饒、動物、大地、火、水などとかかわるものであることが解るでしょう」。

「キリスト教の教義のなかでは、これらの職業はなんの位置ももつことなく、むしろ芸人などは存在を否定されていたのです。心の底で恐れを抱かれている人びとが、社会的には葬られながら、現実に共同体を担う仕事をしているという奇妙な関係が成立したのです。このような状況のなかで、一般の人びとも、それらの職業の人びとを恐れながら遠ざけようとし、そこから賤視が生ずるのだと私は考えています。・・・被差別民は、およそ以上のような心的構造のなかで成立したといってよいでしょう」。

本書によって、阿部謹也の力作、『ハーメルンの笛吹き男――伝説とその世界』(阿部謹也著、ちくま文庫)成立の背景を知ることができます。