ルーシー・ブラックマン事件の真相に限りなく迫ったルポルタージュ・・・【情熱的読書人間のないしょ話(195)】
千葉県柏市のあけぼの山農業公園は、コスモスとキバナコスモス一色でした。1時間ぐらい写真を撮りまくり、ふと脇を見たら、それまでカメラを構えていた女房の姿が見えません。風車の前のベンチで眩しさに目を細め、ミカンを食べながら私の撮影が終わるのを待っている彼女を見つけました。
閑話休題、私は普段は10冊ぐらいを並行読書しているのですが、英紙ザ・タイムズの東京支局長によるルポルタージュ、『黒い迷宮――ルーシー・ブラックマン事件15年目の真実』(リチャード・ロイド・パリー著、濱野大道訳、早川書房)は最終ページまで一気に読み通してしまいました。
15年前に、東京・六本木でクラブ・ホステスをしていた21歳のイギリス人女性、ルーシー・ブラックマンが凄惨な殺され方をした凶悪な猟奇事件については、当時の新聞報道などでそれなりに知っているつもりでしたが、容易には信じられないような真実が本書で明かされているからです。
被害者が、男性に惚れ易かったり、少々金使いが荒かったり、劣等感に陥り易かったりといった、どこにでもいるような普通の若い女性であったこと。175cmの長身で金髪でしたが。同僚ホステスはこう語っています。「彼女は絶世の美女というわけではありませんでしたが、とても明るい性格で、それが魅力を増していました。自信がないようには見えませんでしたよ。きれいな髪、優しい性格。背が高くて、本当に素敵な人でした」。
加害者が、在日二世の韓国人で、日本全国に不動産を所有する資産家であったこと。「織原(おばら。城二<じょうじ>)の場合で言えば、彼は幼少期から大きなプレッシャーにさらされてきた。母の期待、情緒不安定な兄の存在、(戦後の混乱に乗じ、駐車場、タクシー会社、パチンコ屋で莫大な財産を築き上げた)父の死。在日韓国人であれば誰もが経験する偏見――眼には見えないが、日本人が本能的に持つ差別意識――とも闘ってきたことだろう。しかし織原は、突然の遺産相続によって義務と規律から解放される。それは彼にとって魅力的な解放であり、同時に破滅へと繋がる解放だった。しかし考えてみてほしい。日本には、不安に震える子供など山ほどいる。情緒不安定な家族、裕福な家庭で甘やかされた子供、人種差別の被害者など無数にいるはずだ。そのなかで将来、連続強姦魔や凶悪事件の犯人になるのは何人だろう? ごくわずかだ」。
被害者と加害者との不幸な出会いには、水商売の世界のルールが関与していたこと。「ホステス業における成功の秘訣は、店ではなく自分目当てに来店する上客――定期的に指名、シャンパンの注文やボトルキープ、同伴をしてくれる客――を数多く獲得することだ。少なくとも上客を何人か確保できなければ、この世界で生き残るのはむずかしい」。
しかし、私が一番衝撃を受けたのは、織原に対する判決結果です。これだけ状況証拠が揃っていながら、ルーシー・ブラックマン致死容疑については証拠不十分につき無罪だというのですから。誘拐および薬物投与による準強姦未遂罪、死体損壊罪、死体遺棄罪については有罪が認められ、無期懲役にはなりましたが。著者は、日本の警察。検察、裁判を痛烈に批判していますが、非難されても仕方のない体たらくです。一方の著者は、10年に亘る取材によって、真相の核心に鋭く迫り、これだけの真実を発掘しているのです。