榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

旅と酒をこよなく愛した文士・吉田健一のエッセイ集・・・【情熱的読書人間のないしょ話(232)】

【amazon 『汽車旅の酒』 カスタマーレビュー 2015年11月21日】 情熱的読書人間のないしょ話(232)

黄葉したイチョウの落ち葉が地面を覆っています。紅葉したカキの葉が一枚だけ残っています。オー・ヘンリーの短篇小説『最後の一葉』を思い出してしまいました。もっとも、小説のほうはツタの一葉ですが。20mほどの高さのワシントンヤシが一列に並んで迎えてくれました。因みに、本日の歩数は11,114でした。

P1040786

P1040782

P1040781

閑話休題、『汽車旅の酒』(吉田健一著、中公文庫)は、旅と酒をこよなく愛した文士・吉田健一の旅と酒を巡るエッセイ集です。

「旅行をする時は、気が付いて見たら汽車に乗っていたという風でありたいものである。今度旅行に出掛けたらどうしようとか、後何日すればどこに行けるとかいう期待や計画は止むを得ない程度だけにして置かないと、折角、旅行しているのにその気分を崩し、無駄な手間を取らせる」。

「何もない町を前から探していた、と言うよりも、もしそんな場所があったらばと思っていて見付かったのが、八高線の児玉だった。・・・やはり、何もない上に、何かそこまで旅に誘ってくれるものがなければならないので、昔は秩父街道筋の宿場で栄えた児玉の、どこか豊かで落ち着いている上に、別にこれと言った名所旧跡がない為ののんびりしたい心地にそれがある。・・・こういう児玉のような町に来ると、やっと時計がカチカチ言うのが気にならなくなって、つまり、一人でゆっくり酒も飲める。・・・という風な優雅な考えに耽りながら、お風呂に入ってから宿屋の部屋で飲んだ。菊正の飲み残しがあったのでこれをお燗して貰い、それがなくなってから児玉で作っている千歳誉という酒を飲んだ。これは旨い酒である。例えば酒田の初孫や新潟の今代司と同じく、これもこの地方の需要を満すだけで、余り沢山は作っていないようであるが、児玉に行ったらこの酒を頼むといい」。

「旅行が好きな余りに、この頃は行商だとか、どこかの会社で出張ばかり命じられている社員だとかで暮せたらと思うことさえある。同じような景色でも、それが自分が住んでいる場所のであるのと、旅行中に眺めるのとで違うのだから不思議である」。

「いやになるまで飲むというのはその間が楽めるのみならず、二日酔いの頭を抱えた翌朝が雨だったりすると、ぼんやり雨だと思って外を眺めているのもなかなかいいもので、人間、そういう時でもなければ自分が確かに自分がいる所にいるのを感じるのは難しい。酒は一人で飲むのにも、誰か気が合った相手と飲むのにも適していて、一人で飲み屋で飲むのも、それ相応の味がある。これがよく知っている店でも、始めて入った所でも、それぞれ楽めるもので、何れも二日酔いの朝、外で雨が降るのを眺めている感じが時々、頭を掠める」。

旅と酒の香りが行間から漂ってくる一冊です。