榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

地中海諸都市の魅力が臨場感豊かに伝わってくる・・・【情熱的読書人間のないしょ話(33)】

【amazon 『地中海都市周遊』 カスタマーレビュー 2014年11月16日】 情熱的読書人間のないしょ話(33)

近くの園芸センターで、鮮やかなオレンジ色の花が咲きこぼれるエラチオールベゴニア、ピンクのかわいらしい小さな花たちが寄り添っているプリムラマラコイデス、黄色い果実と、それが割れて現れた赤い種子の交ざり具合が面白いツルウメモドキを購入しました。小振りの鉢のツルウメモドキは、複雑に絡み合った根が地上にも表れていて、得も言われぬ趣があります。

閑話休題、『地中海都市周遊』(陣内秀信・福井憲彦著、カラー版中公新書)は、小さな宝石のような書物です。「地中海は人類の歴史にとって、豊かな文明を生み出す重要な舞台であった。この海を媒介にして、多くの民族が行き交い、また争い、この交流の中で多彩な文化が育まれ、各地に特徴ある都市を形成してきた」。地中海諸都市はキリスト教とイスラムの子供たちなのです。

「地中海世界は魅力的だ。海を懐に抱いた広くて多様な世界である。しかし多様でありながら、訪れた各地で通奏低音のように心に響いてくるのは、そこに暮らす人たちがほんとうに人生を楽しんでいるように、おたがいの関係を、そして町と自分たちとの関係を、豊かに濃密に生きている様子である」。

著者の二人が地中海のグラナダ、コルドバ、トレド、マラケシュ、フェズ、ダマスクス、アレッポ、ヴェネツィア、ヴェネトといった都市を巡り歩く足音、語り合う声が聞こえてくるような錯覚に陥ってしまいます。

ヴェネツィアでの会話は、こんな風に展開していきます。
「福井:僕は裏が好きだから(笑)。裏道を歩いていると本当におもしろい。やっぱり、よく迷宮都市といわれたりするけど、地形とか通りが全然まっすぐじゃないんですよね。微妙によじれたり、角張ったり。
陣内:やっぱり古い時代にできたところのほうが自然体でできているので、運河も曲がっているし、変化に富んでいる。
福井:ですから、まあ、ヴェネツィアの人はかなり早足で歩いているという話もありましたけど、ゆったり歩こうと思えば、また、ゆったり歩いたおもしろさがある。随所にマリア像があったり、あれも一種の道祖神じゃないですが、おさえですよね。それがあって、そんなのを眺めているだけでも本当におもしろい」。
ヴェネツィアは、光と影が交錯して水辺が煌めき、路地が入り組む、まさに迷宮都市なのです。

「陣内:(ゴンドラの)船頭は、ゴンドリエレというんですが、一人で漕ぐわけですね。左後方に立つんです。右側に艪を入れるんで、それで、バランスを考えながら漕いでいくわけですけれども、荷重が左後ろにかかるんで、均等にかからないことになる。そちら側に浮力を働かせないとひっくり返っちゃうわけです。それで、腰をキュッとひねったような非対称形になるわけなんです。それが美しい。だから、単純にシンメトリーというのはどうもおもしろくないわけで、ヴェネツィアというのは非シンメトリーの美学であって、非西欧的ですね。
福井:うん、非西欧的というか、非ルネサンス的で非近代的という感じ。ある種、生命的なものをすごく感じさせる。
陣内:だから、バランス、有機性。あらゆる機能と形態とセンスみたいな感じ。総合化されてすべてができている」。
またまた、ゴンドラに乗りたくなってしまいました。