榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

裁かれる者と裁く者――双方の立場から死刑を考える・・・【情熱的読書人間のないしょ話(312)】

【amazon 『裁かれた命』 カスタマーレビュー 2016年3月2日】 情熱的読書人間のないしょ話(312)

鮮やかな濃い赤紫色の蕾と淡紅色の花とのコントラストが美しいジンチョウゲが芳香を放っています。濃い桃色の花が満開のカワヅザクラの枝にウグイスが止まっているのを目撃しましたが、残念ながら、カメラに収めることはできませんでした。野鳥は同じ個体が同じ場所に現れることが多いので、明日もウグイス撮影に挑戦するつもりです。普段は通らない道でウメのいい香りが漂ってくるなと近づいたら、やはり白梅の林がありました。因みに、本日の歩数は16,530でした。

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閑話休題、『裁かれた命――死刑囚から届いた手紙』(堀川惠子著、講談社文庫)は、重い内容のノンフィクションです。犯罪を起こした一人の青年に何があったのかを追い求める著者の気迫が伝わってきます。

1966年、東京・国分寺市で主婦が自宅で襲われるという強盗殺人事件が発生しました。4日後に逮捕された22歳の長谷川武は、裁判で弁明らしい弁明をすることなく、半年後に死刑判決を受けます。刑が執行されたのは、5年後のことでした。

独房の長谷川は、一審で死刑を求刑した検事・土本武司、長期に亘り長谷川の弁護を担当した小林健治と手紙を交わしています。「土本はこの手紙を通して確信した。長谷川が自分に手紙を書いてくるのは、検事への怨嗟でも助命でもなく、心からのものなのだと」。

著者は、これらの手紙や証言を手がかりに、長谷川の過去、家族を粘り強く辿っていきます。「ぼくは娑婆に居た時は、勉強などした事、御座居ませんでした。今、後悔してます。本当に。勉強やって苦学してでも、高校へ行けばよかったと。ぼくがこうなったのも一つは無学で無知で内向的のぼくだったからかえって、こんな大それた事件を起こしてしまったのです」。

彼はどういう環境で育ってきたのでしょう。「家庭でも職場でも、被告人は愛が欲しかったのである。被告人は一人の友人もなく誰からもやさしい言葉もかけられず成長して来たのである」。「幼いころから彼が求め続けた愛情、その中で最も深かったのは母親に求めた愛情だっただろう。当時の彼には、それは分かりやすいかたちでは与えられなかったようだ」。

「長谷川が逮捕されてから処刑されるまでの5年半の歳月は、母と子が親子の絆を取り戻そうと向き合うために費やされた歳月だったのかもしれない」。

彼が弁明しなかったのはなぜでしょうか。「長谷川は、被害者を殺めてしまったことへの後悔から、取り調べや裁判で事実と違うことを言われてもすべて認めてしまったと書いている」。

獄中の彼は、自分が犯してしまった罪と罰をどう考えていたのでしょう。「独房におかれた長谷川は日々、被害者に対する思いを深めていた。これまでも自身の手紙の中に何度も『処刑されることが被害者への償い』と書いていたが、『罪と罰』そして『償い』に対する彼の思考は、時の経過とともに少しずつ変わってゆく。・・・かつて『自分が死ねばいいのだ』と居直るかのように考えていた自らの様を正直にふり返り、それでは何も解決しないことに思いを致す。そして『改心したうえで処刑されていくことが理想』なのだと自分に言い聞かせている。・・・しかしこの頃には、自分が奪った他人の命は、たとえ自分の死をもってしても償い切れるものではないと思うに至っている。そして自分のすべてをもってしても償えないことが無念だと書いた。・・・自分が奪ったもうひとつの命の重み、尊さ、そして家族のかたち――、それらに対する取り返しようのない、償いようのない過ちについて心からの悔悟を深めていったのだろう。独房でひとり考えに考えた末に辿りついた答えが『自分の死』をもってしても解決されないことを知った長谷川にとって、『死刑』とはどのような意味をもったのだろう」。

「しかし、死刑判決が確定したことで長谷川武の物語は終わらない。この時から処刑される日まで3年半あまり――。長谷川武は死刑囚として独房に身を置き、『生』と『死』、そして『母』に向き合いながら手紙を書き続けた」のです。

裁く側に問題はなかったのでしょうか。「長谷川事件で作られた調書、それは『殺そうと思って殺意を持って家に押し入った』『声をあげられては困るので被害者の口をふさいでから刺し殺した』という強い殺意を強調する内容が前面に押し出されたものだった。その供述調書は、その後の裁判で二度と覆ることはなかった」。「彼ら(一審、二審、最高裁と審理を重ねた11人の裁判官たち)の誰一人として、被告人の心の奥底に潜んだ思いに触れることはなかった。『厳正』な法廷でいくつもの審理を経て、『極めて凶悪で更生は不可能』と死刑判決は導かれた。そして、死刑は執行された。しかし、司法の場で裁判官たちが練り上げた判決文の中にある長谷川像と、取材を通して現れてきた長谷川武の姿は異なるものだった。獄中で綴られた57通の手紙に見えてきた姿とも、遠くかけ離れていた」。

本書は、人が人を裁くことの重く深い意味を私たちに問いかけてきます。