もう一つの人生を体験する方法・・・【MRのための読書論(44)】
MRと自伝
もう一つの人生を体験する一番いい方法は、先達の自伝を繙くことである。私は、その人物が何を成し遂げたかということよりも、どのように考え、行動したかということの方に、より興味を惹かれてしまう。
孤高の改革者
『折りたく柴の記』(新井白石著、桑原武夫訳、中公クラシックス)は、江戸時代中期の儒学者、政治家である新井白石(1657~1725)の自伝であるが、日本人による最初の本格的な自伝と言ってよいだろう。
将軍の信頼厚い最高政治顧問として、幕政改革に精根の限りを尽くすが、「このこと(通貨改良)は天下や後世の大きな災いを取り除くことであるから、自分がなんとしてでも実現したいと、心を一つに思い定めて、自分の意見を明らかにした」というくだりからも、白石の強い責任感が伝わってくる。
多くの改革反対者に囲まれた「孤高の改革者」白石の苦悩は、『市塵』(藤沢周平著、講談社文庫、上・下巻)に共感を持って描かれている。
陽性の行動人
アメリカ独立運動の指導者、文筆家にして、凧を使った実験で稲妻が電気であることを証明した科学者でもあったベンジャミン・フランクリン(1706~1790)の『フランクリン自伝』(ベンジャミン・フランクリン著、松本慎一・西川正身訳、岩波文庫)は、「陽性の行動人」の率直な自伝である。生涯、「印刷業者フランクリン」と自称した彼は、ユーモアを解し、勤労を重んじた「代表的アメリカ人」として未だにアメリカ国民から慕われている。
青年時代に自分が身につけようと努力した13の徳目――節制、沈黙、規律、決断、節約、勤勉、誠実、正義、中庸、清潔、平静、純潔、謙譲――が列挙されているが、同時に全部を狙って注意散漫に陥るよりも、一定期間、どれか一つに注意を集中させ、修得後に他の徳目に挑戦するようにしたと語っている。
情熱の思想家
『告白』(ジャン・ジャック・ルソー著、桑原武夫訳、岩波文庫、全3巻)は、フランスの思想家、文学者であるジャン・ジャック・ルソー(1712~1778)の自伝であるが、「人間はどうしたら幸福になれるのか」を生涯に亘り探求し続けた「情熱の思想家」の、「魂」と「愛」の遍歴の赤裸々な記録でもある。
不屈の夢追い人
ホメーロスの物語に魅了されてトロイアの都の実在を信じ、遂にその発掘を成し遂げた、ドイツの考古学者、ハインリヒ・シュリーマン(1822~1890)の『古代への情熱――シュリーマン自伝』(ハインリヒ・シュリーマン著、村田数之亮訳、岩波文庫)は、「不屈の夢追い人」の自伝と呼べるだろう。
反骨の教育者
『福翁自伝』(福沢諭吉著、富田正文校訂、岩波文庫)は、明治時代の思想家、教育者である福沢諭吉(1835~1901)が速記者に口述し、後で手を入れた自伝であるが、幕末から明治初期にかけて青年時代を送った諭吉の思想形成期の貴重な資料という側面も持っている。
「その時の横浜というものは、外国人がチラホラ来ているだけで、掘立小屋みたような家が諸方にチョイチョイ出来て、外国人が其処(そこ)に住まって店を出している。其処へ行ってみたところが、一寸(ちょい)とも言葉が通じない」。諭吉の語り口を紹介するために、数年間、死に物狂いで勉強したオランダ語が役に立たないことに気づいて、落胆するくだりを引用してみた。ところがどっこい、諭吉は、これからは英語の時代だと気を取り直し、早速、翌日から英語の勉強に一路邁進するのである。やがて、慶応義塾(後の慶応義塾大学)という私塾を開き、「反骨の教育者」として、「個人の独立、自由、平等」を高く掲げ、後進の教育に専念したのである。
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