榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

シュリーマンのトロイア説に異を唱える日本人発掘者・・・【情熱的読書人間のないしょ話(18)】

【恋する♥読書部 2014年7月7日号】 情熱的読書人間のないしょ話(18)

東京・六本木のサントリー美術館に「徒然草――美術で楽しむ古典文学」展を見に行きました。海北友雪筆の20巻に及ぶ『徒然草絵巻』などを通じて、徒然草の世界を絵画的に味わうことができました。

閑話休題、『トロイアの真実――アナトリアの発掘現場からシュリーマンの実像を踏査する』(大村幸弘著、大村次郷写真、山川出版社)は、シュリーマンの「ヒサルルックはトロイア戦争の遺跡」という仮説に異を唱える興味深い一冊です。

「ヒサルルックがトロイアであるとする説は、少なくとも仮説であると今でもいわざるをえない。では、なぜそのヒサルルックがトロイアになり、そして世界遺産にまで登録されたのだろうか。この背景には大きく二つの理由があるように思う」。著者は、一つはシュリーマンの自叙伝『古代への情熱』であり、もう一つはホメロスの叙事詩『イリアス』と『オデュッセイア』の存在だと述べています。

1972年以来、この地帯の遺跡発掘に携わってきた著者は、「もしトロイアだと証明しようとするのであれば、これまでかき出された排土をフルイにかけてはと思った。わずかな破片でもよい。ヒッタイト帝国の(都であった)ハットゥシャから送られてきた書簡の破片でもみつかり、その数行にトロイアの名称が確認されたときに、(シュリーマンからデルプフェルト、ブレーゲン、コルフマンへと引き継がれてきた)140年あまりの作業は終わるのではないかと思っている」と、地味だが具体的な提案を行っています。

だからと言って、著者はシュリーマンに対する尊敬の念を片時も忘れたことはないのです。「アナトリアで遺丘を発掘していると、つぎつぎと問題にぶつかってしまう。とても乗り越えられそうにもないものばかりだ。いかに確固たる目的をもっていてもふらつくことが何度でもある。目の前にあらわれる魅力的なテーマに惹きつけられないほうがおかしいぐらいだ。その点、シュリーマンは一度として的をはずすことはなかった。それは並の発掘者ではなかなかできないことである。発掘にもっとも不適な時期にヒサルルックで掘り続けるシュリーマンには、おそらく誰をも寄せつけないほどの凄みがあったのではないか。そのようなシュリーマンの発掘に対する姿勢に、私は畏怖の念をもたざるをえない」。同じ発掘者だからこそ言える言葉でしょう。