高原へいらっしゃい・・・【MRのための読書論(55)】
高原の魅力
野鳥のさえずり、樹木のシルエット、夜明け。光る朝、高原の緑、弾む心。トンボ、キジ、シラカバ林。カッコウ、ホトトギス、清澄な空気。山歩き、林道、神秘的な湖。小径、アケビの蔓、野生の花。せせらぎ、沢、透明な水。水しぶき、源流、爽やかな風。ロッジ、コテージ、ログ・ハウス。木立、コゲラ、コジュケイ。夕暮れ、バルコニー、涼しい風。ロッキング・チェア、ブランディー、モーツァルト。夜空、瞬く星、悠久の時の流れ。
夏になると無性に高原へ行きたくなる。霧にすっぽりと包まれた牧場が見たくなる。雑木林の小径を歩きたくなる。せせらぎの冷たい水に手を浸したくなる。高原は私たちを魅了する。
非日常の時間
人間にとって幸福とは何か。それは人によってさまざまである。しかし、好きなものに囲まれて好きな人と過ごすことには誰も異存がないだろう。
刺激が多い都会も捨て難いが、高原には豊饒な時間が満ちている。高原では、何も特別なことをしないで、のんびり過ごす贅沢が許される。人間について、自分について考えてみる。高原では自分だけの時間を持つことができる。
誰にとっても人生は一度きりしかない。そして、人は誰でも人生の分岐点であれこれと思い惑う。高原では内省の時を持つことができる。結論を急がず、徒に時間を費やすことが許される。成果を焦らなくともよい。自分の本当にやりたいことが見えてくる。自分の進むべき道が鮮明に見えてくる。高原では新しい自分を発見することができる。
高原の本
高原の魅力を語っている本は多いが、この5冊が特に気に入っている。
『八ヶ岳の森から』(加藤則芳著、晶文社)は、都会生活に別れを告げ、八ヶ岳の麓でペンションを経営している八ヶ岳大好き人間が綴ったエッセイである。この本は、夏だけでなく、四季折々の高原の素晴らしさを教えてくれる。それに、声高に自然保護を訴えていないのがよい。巻末にアウトドア料理のレシピが添えられているところが、いかにもこの著者らしい。
『五十代の幸福』(俵萠子著、海竜社。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)は、敬愛する随筆家・俵萠子が赤城山麓の山小屋で一人暮らしを始めた時のエッセイである。高原暮らしの幸せな気分が私たちにも素直に伝わってくる。
『森のやすらぎ――ぼくの心身リフレッシュ法』(柳生博著、光文社、カッパ・ブックス。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)では、森の中で過ごす素晴らしさ、森の植物と付き合う喜びが語られている。木漏れ日が揺れている雑木林で、思いがけない小川に出合ったときなど、わくわくしてしまった経験を持っている人も多いだろう。著者も言っているように、森は都市生活から逃避する場所ではなく、充電する場所であるべきだと思う。森に行きたくても思うに任せぬとき、この本を繰ると、森の香りが漂ってきて心を落ち着かせてくれる。
多数のカラー写真が楽しい『柳生博の庭園作法――花鳥風月の里山』(柳生博・生和寛著、講談社MOOK)では、著者が長い時間をかけて造り上げた里山庭園「八ヶ岳倶楽部」の魅力が余すところなく紹介されている。
『柳生真吾の八ヶ岳だより――だから園芸はやめられない』(柳生真吾著、日本放送出版協会)には、八ヶ岳の四季の移り変わりと、その魅力が詰まっている。カタクリが運んでくる八ヶ岳の春。耳を澄ますと新芽の弾ける音が聞こえる芽吹きの季節。足早にやってくる短い夏。野草たちの競演。最盛期は僅か1週間という紅葉。植物たちが余計なものをぎりぎりまで削ぎ落として、じっと耐えている凍てつく冬。植物だけでなく、八ヶ岳の動物たち――昆虫綱、両生綱、爬虫綱、鳥綱、哺乳綱――にも温かい目が注がれている。
私たちが高原で過ごす贅沢を手に入れようとするとき、あれこれ迷うことはない。ほんの少し頭を切り替え、よし、行くぞと決心するだけでいい。たちまち、心の中に緑の高原が広がってくる。
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