男が担いで盗み出した身分違いの美女は、鬼に食べられてしまいました・・・【情熱的読書人間のないしょ話(588)】
散策中に、マムシグサのトウモロコシ状の赤い実を見つけました。シオンが薄紫色の花をたくさん付けています。桃色のダリアが咲いています。敷き詰められたような落ち葉を見ると、心が落ち着きます。今宵の月は、68年ぶりの大きさのスーパー・ムーンを目指して頑張っています。因みに、本日の歩数は10,595でした。
閑話休題、『伊勢物語――マンガ古典文学』(黒鉄ヒロシ著、小学館)は、漫画というよりも、挿し絵がびっしりと敷き詰められた文学作品という趣です。著者の黒鉄ヒロシが歴史に造詣が深いからできる力業といえるでしょう。とにもかくにも『伊勢物語』の125段全てを扱っているところにも、その姿勢が表れています。
「『伊勢物語』の構成は歌と散文とに分けられるが、全てが歌であり散文である、とも言えるのではなかろうか。主人公は、昔男、すなわち在五中将、実在の六歌仙の一人、つまり在原業平となるが、業平のようで、業平でない。その背中に、貴方と、君と、僕を乗せて、人の無常を荷物として、恋路を旅する理想の男として『伊勢物語』の世界を駆け抜ける」。
本書を読んで感じたことは、主人公の男の色恋に対する驚くべき熱心さと、各段は玉石混交だなあということです。
私の一番好きな段は、第6段「芥河」です。「昔、こんな男がいた。とても手に入れることなどできそうにない身分の高い女性に、何年にもわたって求婚し続けていたその女性を、やっとのことで盗み出して、たいそう暗い闇を逃げて来たのです。・・・行く先も遠く、夜も更けてしまったので、鬼がいる所とも知らずに、その上、雷さえ激しく鳴って雨もひどく降ってきたので、荒れ果てている蔵に、女を奥に押し入れて、男は弓とその道具を背負って戸口を守っていた。早く雨も止んで夜も明けて欲しいと念じながらいたのだが、蔵の中では、鬼が一口に、たちまちに、女を食べてしまった。女は『ああーっ』と声をあげたのだが、雷の鳴っている中、男には聞こえなかった。だんだんと夜の明ける中、見ると女の姿がない。男は身悶えて泣くのだけれど、何の甲斐もなかった」。
実は、後に清和天皇の女御となる、美貌の藤原高子(たかいこ)が、未だ非常に若かった時、業平が背負って彼女を盗み出したのを、高子の兄たちが取り返したという事件があったのです。「それを、このように鬼のしわざなどというのだった。后がとてもお若くて、まだ普通の身分でいらした時のことであるとやら」。
この段に、伊勢物語のエッセンスが凝縮していると考えています。