榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

国も企業も個人も、失敗の歴史に学べ・・・【MRのための読書論(140)】

【ミクスOnline 2017年8月17日号】 MRのための読書論(140)

失敗の歴史に学べ

歴史を学ぶことに価値があるのだろうか。歴史を知れば、成功できるのだろうか。「歴史を知り、その教訓に学んでも、成功するとは限らない。しかし、失敗の確率を減らすことはできるだろう。なぜなら、成功と失敗は非対称的だからだ。失敗するのは簡単だが、成功するのは難しいのである」。

世界史を創ったビジネスモデル』(野口悠紀雄著、新潮選書)は、歴史に学べ、それも失敗の歴史に学べと言っている。

ローマ帝国のケース

具体的には、ローマ帝国に学べ、海洋国家時代のイングランドに学べと言っている。「ローマ帝国は成功した。それは、分権化した国家機能、小さな官僚組織、自由な経済活動、平和、強力な軍などの条件による。これらのすべてを満たすことは難しいから、ローマ帝国のような国を再現するのは難しいだろう。しかも、これらをすべて満たしたとしても、それで国家運営が成功するとは限らない。ローマは、(カエサルの後継者)アウグストゥスという政治の天才が様々な案件を適切に処理したから成功した。・・・ところで、ローマ帝国は永遠には続かず、崩壊した。・・・この意味において、ローマ帝国から教訓を得ることが可能である」。

海洋国家のケース

「海洋国家の時代において、(エリザベス1世の)イングランドがスペインを破って覇権を握った。イングランドの成功をそのまま真似るのは難しいだろう。だが、スペインの失敗を回避することはできる」というのだ。

企業のケース

「企業についても同じだ。IT時代において、グーグルは大成功した。しかし、そのビジネスモデルを模倣しても、成功はできない。同社のビジネスの根底には優れた検索エンジンがあり、これは他の企業には真似できないものだからだ。それに対して、失敗したビジネスモデルは、直接的な教訓を与えてくれる。・・・企業が失敗する条件もさまざまだ。新しい技術の価値を評価せず、古いビジネスモデルに固執すること。異質性を排除し、同質の人々のグループになってしまうこと。短期的利益にとらわれて、長期的見通しを失うこと、等々」。

著者は、歴史から学んだことを国家運営、企業経営に生かせと強調しているが、私は、個人も同様だと考えている。自分の経験に照らして、自分や他人の失敗から、あるいは、読書で知り得た歴史上の失敗から学ぶたびに、一段階上のステージに進むことができたからである。

多様性の確保

歴史から学べる最重要な概念は、「多様性の確保」と「フロンティアの拡大」だというのが、本書の結論である。「多様性を実現できた国や企業は、できなかった国や企業に対して優位になれることが多い。ただし、多様性を実現したからといって、必ず成功するとは限らない。混沌状態に陥る危険もある。だから、多様性は、成功のための十分条件ではない。その反面で、多様性を否定した国や企業が失敗する例はきわめて多い。失敗しなくても、徐々に衰退することはほぼ間違いない。つまり、多様性の確保は、組織の成功にとって、ほぼ間違いなく、必要条件である」。

フロンティアの拡大

「フロンティア拡大が可能な場合に、少なくともある段階までは、国や企業は、活力を得る。つまり、フロンティア拡大は、組織の成功にとって十分条件であることが多い。・・・歴史上の事例では、地理的な意味が強調されることが多い。ローマにおける領土の拡大、海洋国家における通商範囲の拡大などだ。これらが発展に寄与したことについて、疑う余地はない。しかし、フロンティアとは、地理的なものだけではない。・・・20世紀中ごろからの世界は、地理的拡大という意味では限界に達している。しかし、情報の面では、新しい技術の進展により、無限と言って良いほどのフロンティア拡大が可能になっている」。

この著者らしく、現在の日本が「多様性の確保」と「フロンディアの拡大」を実現するにはどうしたらよいかも、詳細に考察されている。