私には、とても無理だけど、世の中には、こういう愛もあるのですね・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1162)】
皆々様のおかげをもちまして、amazonのレビュアー・ランキングが、75位と相成りましてござりまする。今後とも、書評道に精進いたします。変わらぬご支援を、隅から隅まで、ずずずいーっと、こいねがい上げ奉りまする。散策中、唐傘のようなカラカサガヤツリが花を付けているのを見かけました。トクサが元気に育っています。因みに、本日の歩数は10,892でした。
閑話休題、『生きてるだけで、愛。』(本谷有希子著、新潮文庫)は、これまで出会ったことのない、血が迸るような小説です。
過眠、メンヘル、25歳の「あたし」の生活は、凄まじ過ぎます。「あたしはしばらく誰とも顔を合わせたくないという理由で、バイトを辞めたのち、この異空間にもう二十日以上も閉じこもっている。弁当が食べたければ自分で買いに行くとはいえ、はっきり言って今のあたしは軽くヤバい。最近は鬱なんて言葉じゃ重いってことで『メンヘル』なんてかわいい呼び方をされてるけど、早い話が精神的に浮き沈みの激しい毎日を送っていますというわけだ。あたしは皺が伸びて伸びきったツルツルの脳みそで、枕元の時計の針が午後十一時半を指しているのを確認する。確か寝たのが朝の六時だったはずだから、さっきのノックで起こされて今はあれから十七時間半後? 異空間にいすぎたあたしはまさか一瞬で時空を超える能力を身につけてしまった?」。
「自分という女は、妥協におっぱいがついて歩いているみたいなところがあって、津奈木と付き合ったのも当然のように妥協だった。・・・(バイト先の)女子が開いたコンパで酒をしこたま飲んでやろうと顔を出したら、隣の席に偶然座ったのが眼鏡をかけてぼんやりしたこの男だったのだ。・・・DNAの段階から地味になることが決定していたかのような男だった。・・・担任が正面から見た新幹線に似ていて勉学に励む気にならないという理由で高校を中退しかけるような、就職活動を尻が半分出そうな丈のスカートをはいて回って全滅しているような、どこにいっても浮いてしまう女であるあたしと津奈木はうすうすお互いが違う人種であることを確信していった」。
「他の人はみんななんでもないことのように朝起きて夜寝るっていうのに、自分にとってはそれがまるで無理難題みたいに立ちはだかって意味が分からない。日が出ているうちに起きる。たったそれだけのことがなんでできないんだ? 自分は本当にみんなと同じ生き物なんだろうか? あたしには何が欠落してる?・・・あれだけ、寝て、まだ、眠いって、あと、どれだけ、人生を、無駄に、することに、なるんだ。・・・玄関のほうなのか風呂場のほうなのか思い出そうとしても頭がうまく働かなくて、これは本気で寝過ぎによって脳が腐り始めているんじゃないかとまた別の思考回路が作動し始める」。
「津奈木にとっては、すべてがしょせんは窓の外の出来事で、だから今までどの男とも長続きしなかったこんなあたしと三年も(同棲が)続いているんだろう。コンパの夜、女のミュールにゲロを吐いて逃げたあたしは自分という人間の、なんていうか『味の濃さ』みたいなものに辟易して、津奈木という男の味のなさに子供のようにしがみついたのだ。・・・でもやっぱりあたしの味は濃いままで、バイトをやってはトラブルを起こしてクビになり、黙々と仕事をこなした津奈木はあの歳で編集長にまでなった。どこでおかしくなっちゃったんだろう? なんで二人が一緒にいるのか今はもうよく分かんないよ津奈木」。
「『あんたが別れたかったら別れてもいいけど、あたしはさ、あたしとは別れられないんだよね一生。・・・いいなあ津奈木。あたしと別れられて、いいなあ』。あたしはこんな自分に誰よりも疲れていることを津奈木に知ってもらいたくて、わざわざ全裸になって屋上で待ったのだ。最後の最後まで津奈木に一緒に疲れてほしいと願っている自分に心から嫌気がさしたけど、どうしてもそうせずにいられなかった。鼻水を垂らして泣くあたしの手を握りながら、津奈木は静かに『いいよ。ちゃんと疲れるよ』と言う。『振り回すから。お願いだから楽しないでよ』」。
「本当は津奈木にあたしのことを何から何まで全部全部全部全部理解してもらえたら最高に幸せだったのにと思うけど、あたしが自分のことを何も分からないんだから、それは無理な話だ。あたし達が一生ずっとつながっていることなんかできっこない。せいぜい五千分の一秒」。
私には、とても無理だけど、世の中には、こういう愛もあるのですね。小説を読むというのは、もう一つの人生を経験することだという言葉を、生々しく実感することができました。