かつてのベストセラー48作品を、斎藤美奈子が縦横無尽にぶった切る・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1991)】
アカボシゴマダラ、ツマグロヒョウモンの雌、ノシメトンボの雌をカメラに収めました。ヤマハギが花を咲かせています。オリーブが実を付けています。
閑話休題、私は、快刀乱麻といった切れ味のいい斎藤美奈子の書評のファンです。その斎藤の『中古典のすすめ』(斎藤美奈子著、紀伊國屋書店)を手にしました。
「中古典」は斎藤の造語で、古典未満の中途半端に古いベストセラーを指しています。その中古典48作品を斎藤独自の「名作度」と「使える度」で評価しています。名作度は、★★★=すでに古典の領域、★★=知る人ぞ知る古典の補欠、★=名作の名に値せず、使える度は、★★★=いまも十分読む価値あり、★★=暇なら読んで損はない、★=無理して読む必要なし――の3段階評価です。
私の敬愛する井上ひさしの『青葉繁れる』が、名作度=★、使える度=★となっているのには、腰が抜けるほど驚きました。斎藤は、「男子高校生たちのあきれた青春」と決めつけ、「ズッコケ高校生の青春だから、エピソードの多くは、思い通りにはいかなかったとか、やりすぎて怒られたとかいう失敗談だ。まあ、それはよい。だが、たとえ失敗談の連続でも『全体にセクハラな小説である』とはいっておこう。だれに対するセクハラかって? むろん読者に対してだ。作者はこの小説を女性も読むとは考えなかったのだろう。あるいは女性読者もいっしょに笑ってくれると思ったか」と手厳しい。「人気作品だった証拠に、74年には、岡本喜八監督の手で映画化され、テレビドラマ化もされた小説である。物語内容に、誰も疑問をもたなかったということよね。この国の性暴力に対する認識は、長い間、この程度だった。『使える度』は★にしたけど、反面教師としての教材にするには適した素材だ。この本で捧腹絶倒できる人がいたら、自分のセンスを疑いなさい」。うーんと、唸ってしまいました。
一方、私の好きな作家・橋本治の『桃尻娘』は、名作度=★★★、使える度=★★★となっています。「そりゃね、青春小説と名のつく作品は世に腐るほどありますよ。あるけど、普通なのに変態な4人を見ればわかるじゃない? 『桃尻娘』は、それまでモノクロだった青春小説を総天然色に変えたのよ。・・・大人になるにしたがって、彼らはちょっとずつ過激さを失っていく。そこが青春の残酷なとこなのよ。でもまあ、できれば(シリーズの)6冊とも読むといいと思うわよ。ハマるわよ」。
森村誠一の『悪魔の飽食――「関東軍細菌戦部隊」恐怖の全貌!』も、名作度=★★★、使える度=★★★となっています。本書は、「旧日本軍の暗部を暴いたノンフィクション」です。「捕虜の待遇を定めたジュネーブ条約違反、どころか規模はちがえど、これはナチのホロコーストにも匹敵する戦争犯罪であろう。その事実をカッパ・ノベルスという大衆的なメディアで放った本書の意義は大きかった。それがなぜ、攻撃の対象になったのか。ひとつは『歴史修正主義』の影響である。・・・森村誠一がいう『日本の軍国主義の復活を望みその告発を喜ばない勢力』はすでに出現していたのである。もうひとつの理由は医学界の闇に直結する。隊長の石井四郎はじめ、七三一部隊の隊員は、戦後、一切の責任を問われることなく、医学界や製薬業界、あるいは自衛隊に復帰した。GHQに人体実験データを渡すことと引き替えに、彼らが戦争責任を免れたことは、後に常石敬一『七三一部隊――生物兵器犯罪の真実』や青木冨貴子『731』が明らかにしている。七三一部隊は軍医、医学者、研究者などの軍属で構成されており、慢性的な人手不足を補うために、内地からスカウトした優秀な少年たちに教育を施す『少年隊員』の制度も設けられていた。『悪魔の飽食』の発表時には、こうした事実を知る人がまだ相当数、存命だった。だからこそ、本書の取材は可能になった。しかしまた、だからこそ、攻撃の標的にされたのではなかっただろうか。『あの本を潰せ』くらいの指令が、どこからか出ていたとしても不思議ではない。・・・七三一部隊の研究はその後さらに進み、『NHKスペシャル・731部隊の真実――エリート医学者と人体実験』などにその一部が反映されている。2018年には、国立公文書館に保管されていた七三一部隊の隊員3600人余の氏名と階級が公表された。唯一残る最大の問題は、今日にいたるまで、この事実を日本政府が公式に認めていないことである。その意味でも『悪魔の飽食』の歴史的役割はまだ終わっていないのである」。全く、そのとおりだ。