榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

本書のおかげで、藤井聡太の強さの秘密を垣間見ることができました・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2319)】

【読書クラブ 本好きですか? 2021年8月23日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2319)

タマスダレ(写真1~3)、ハス(写真4)が咲いています。

  

閑話休題、私のような藤井聡太ファンにとって、『藤井聡太論――将棋の未来』(谷川浩司著、講談社+α新書)は見逃すわけにはいきません。

「藤井さんの最大の武器は『局面の急所を捉える力』が傑出している点にある。言葉を換えて表現すれば、『直観の精度が高い』ということだ。理詰めで駒を動かした結果ではなく、ある種の第六感、勘のようなものによって最大の勝負どころや盤面におけるポイントをつかむ。とくに初見の局面で急所や本質を見抜く能力に秀で、閃きの豊富さにもつながる。大局観に通じる、棋士なら誰もがうらやむべき才能である」。

「角と桂馬の使い方が藤井さんは非常にうまい。終盤で相手陣の急所に突き刺さるように使う。その特長について、藤井さんの師匠の杉本昌隆さんは『斜めの多用』『三次元的思考』と表現して強さの源に挙げている。『三次元的』とは、平面で展開する将棋に高さが加わり『瞬間的に将棋盤が盤上から数センチ浮いているようにさえ見える』という。2018年の朝日杯将棋オープン・準決勝で藤井さんと対戦して敗れた羽生さんは、彼の才能を評してこう語った。『指していて、局面を形から認識する能力がすぐれていると感じる。読みの力はもちろんだが、<この手はいい>とか<考えなくてもいい>といった、そういうパターンを形から認識する力が非常に高い』。『局面の認識能力』とは『局面の急所を捉える力』につながり、中盤の混沌とした局面において、急所や本質をできるだけ短い時間で直観的に見極める力を意味する。しかし、私は羽生さんから、そうした言葉が出てくること自体に驚いた。というのも、その『局面の認識能力』が最も高いのは、実は羽生さん自身だと思っていたからだ。それだけにその言葉には説得力があり、言い方を換えれば、これ以上の褒め言葉はない」。

「渡辺さんは藤井将棋について『谷川さんと羽生さんの両方を持っているような感じを受けた』と語っていた。第一局が終盤のスピード勝負で、藤井さんの指し手が突然ギアを変えて一直線の寄せに持ち込んだ。それが『光速の寄せ』と呼ばれた私の勝ち方を連想させるものだったのだと思う。第二局は優劣がはっきりしない中盤が続く中で勝敗を分ける妙手を放たれた。その一着が羽生さんの指し回しをイメージさせたのだろう。第一局のような勝ち方をする棋士はいる。第二局のような勝ち方をする棋士もいる。けれども、両方を持ち合わせていることが、渡辺さんとしては心底驚きだった。彼の表現を借りれば『大谷翔平選手が投打のどちらでも上位の成績を収めてしまっているようなもの』だ」。

「棋士は『勝負師』と『研究者』と『芸術家』の3つの顔を持つべきだ、というのが私の年来の持論である。普段は将棋の真理を追究し、対局の準備も綿密に行う研究者の顔。対局の序中盤は、将棋の無限の可能性を追い、新しい世界を築く芸術家の顔になる。そして終盤は、勝利を求める勝負師に徹する。この3つの顔を自然に切り替えられるのが理想の棋士像である」。

「藤井さんのコメントを読むと、常に自分の課題を冷静に見つめて克服するよう努めていることがわかる。2020年12月のインタビューで、彼は『課題を克服するうえで大切だと思っていること』を問われて、こう答えている。『自分自身を客観的に見ることかな、と思います。やっぱり自分の将棋がどういう特徴があるかとかは、指しているときには当然意識しないというか、普段はあまり意識していないことなんですが、そういうところを見つめ直していく必要があるのかなと思います』」。

「藤井将棋の魅力は圧倒的な強さだけではない。その将棋について先輩棋士は口々に『非常に面白い』『ワクワクする』『興奮する』などと表現する。中原誠十六世名人は、私との全対局集『中原VS谷川全局集』に収録した対談の中で藤井将棋について『谷川さんや羽生さんにも共通するものがある』として次のように話されている。『まず将棋自体が面白い。・・・全体的に新鮮味がある、という印象です。谷川さんや羽生さんが出てきたときも同じでしたが、プロが観ても将棋が面白いんです』。対して私もこのように答えた。『将棋に華があります。びっくりするような捨て駒ですとか、才能を感じさせる一手が出てきます。もちろんそういう作りの将棋を指しているということはあるんでしょうが、魅せる将棋を指すということは素晴らしいと思います』。藤井将棋が面白いのは、一つには藤井さんが詰将棋の世界でも傑出した才能を示している点と関係がある」。

「藤井さんの強さは、これまで見てきたように、最善手を求める探究心と集中力、詰将棋で培った終盤力と閃き、局面の急所を捉える力、何事にも動じない平常心と勝負術など、極めてアナログ的なものだ。将棋ソフトを使い始めたのはプロデビューする直前であり、彼の本質的な強さとAIは関係がないと言っていい。今後、将棋ソフトによって育てられた『AIネイティブ世代』が台頭してくるだろう。藤井さんは彼らとどういう対戦を見せてくれるだろうか」。

「将棋界での現時点(2021年4月)での序列は、1位が渡辺名人・棋王・王将。2位が豊島竜王・叡王。第3位が藤井王位・棋聖、4位が永瀬王座。私の中でのイメージもこの順位である。だが、藤井さんが今後、竜王か名人のタイトルを獲得し、タイトルも半数以上、ということになれば、もう間違いなく『最強の棋士』である。戦後、10年以上にわたり時代を築いた棋士が3人いる。大山康晴先生は戦争の空白もあり、29歳で名人となり、その後5連覇する。中原誠先生は24歳で名人になると同時に三冠となった。羽生善治さんは22歳で三冠となり、徐々にタイトルを殖やして25歳で七冠を制覇した。現在、18歳の藤井さんの2021年度タイトル戦は、棋聖の防衛戦、王位の防衛戦から始まるが、ここを乗り切れば、タイトルを増やすチャンスが続く。19歳、20歳で第一人者、最強の棋士も現実味を帯びてくる」。

本書のおかげで、藤井聡太の強さの秘密を垣間見ることができました。大満足!