夫が突然、風呂に入らなくなり、臭いがきつくなっていったら、あなたならどうする?・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2356)】
オナガ(写真1)、コゲラ(写真2、3)、クルマバッタモドキ(写真4)、ナツアカネの雄(写真5)、アキアカネの雌(写真6、7)、マユミの実にへばりつくキバラヘリカメムシ(写真8)、アスパラガスを食べるオオタバコガの幼虫(写真9)をカメラに収めました。
閑話休題、『水たまりで息をする』(高瀬隼子著、集英社)を読み終わって、3つのことを感じました。
第1――全篇から垢染みた体臭が漂ってくるような嗅覚に訴える小説は珍しいなと思いながら、自分は臭っていないか鼻をくんくんさせてしまいました。
第2――夫が突然、風呂に入らなくなり、臭いがきつくなるのに対し、妻がどう対応したかという極シンプルなストーリーでも、小説は成り立つのだなと妙に納得してしまいました。高瀬隼子の『犬のかたちをしているもの』も読みたくなってしまいました。
第3――もし、自分の妻が、突然、風呂に入らなくなったら、私ならどうするだろうかと身につまされました。
「夫が風呂に入っていない。衣津実(いつみ)はバスタオルを見て、そのことに気付いた」と始まります。衣津実は36歳、夫の研志(けんし)は35歳、結婚して10年だが、子供はいません。
「彼女は、隣に立つとはっきりとくさい、と夫の体臭を感じるが、そう思っていると気付かれると夫が傷つくように思い、努めて静かに息を吸う」。
「このおだやかな人と結婚して、三十代も半ばを過ぎて、自分に人生には、この先想定していない出来事なんてもう何も起こらない気がしていた。子どもを産むのは止めたし、夫婦二人でそれなりに楽しく、年老いていくのだろうと思っていた」。
衣津実も、風呂に入らないことを3日間、体験してみます。「風呂場の鏡に映った自分を見る。髪が脂で頭皮に張り付いている。裸の体は、特に変わったところはないように見えたけれど、洗い場にしゃがむと股の間から生ぐさいにおいがした。固まったおりものが陰毛にからんでいて、取ろうとしたら、毛ごと抜けた。かゆみを感じて首を指でひっかくと、爪と皮膚の間に灰色の垢が詰まった。シャンプーもボディーソープもいつもより多めに使った。夫は、彼女が風呂に入らなくても、入っても、何も言わなかった」。
「夫の髪は目で見てはっきりと分かるくらいぱりぱりに固まっているし、体のにおいは、もう体臭と呼べる範疇を超えてしまっていた」。
「夫が風呂に入らなくなって、一か月が経つ」。
「雨が降る度に傘を持たずに出かけて行く夫に、衣津実が『近所の人に見られないようにしてよ』と言う」。
「夫が風呂に入らなくなって、三か月になる。夫の体からはすえたにおいがしていて、服にいくら消臭スプレーや香りの強い柔軟剤を使っても、もう隠し切れなかった」。
衣津実の田舎の川の上流で裸になって水に浸かり、体を洗った研志は、すっかりここが気に入ってしまい、その後、2回も訪れます。
「夫が風呂に入らなくなって、もう五か月が経つ。・・・つんとした体臭はミネラルウォーターですすいでも、もう取れなかった。体のにおいは、ある水準を超えてからはずっと同じくらいに感じる。これ以上ひどくなりようがないところにきたのだと思う。それは皮膚の表面のにおいではなく、毛穴のひとつひとつの奥、指の股のひとつひとつから湧き上がってきていた。夫と二人でスーパーに買い物に行くと、周りの人がさりげなく夫と距離を取るのが分かった」。
勤め先を首になった研志は、川のそばの、衣津実の亡くなった祖母が住んでいた家に引っ越したいと言い出します。衣津実も勤めを辞めて、付いていくことにしました。
古家のあちこち痛んでいた箇所を修繕して、二人で暮らし始めます。夫はほとんど毎日、川へ水浴びに出かけていきます。
これで一件落着かと思ったのに、思いがけない結末が待ち構えています。