榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

彼に好意を持ちながらも結婚に踏み切れない女性の物語・・・【山椒読書論(642)】

【読書クラブ 本好きですか? 2021年12月26日号】 山椒読書論(642)

コミックス『人間交差点(16)』(矢島正雄原作、弘兼憲史作画、小学館文庫)に収められている「雨宿り」は、係長の前野純一に好意を持ちながらも結婚に踏み切れない関口みわの物語である。

「入社した時から、この人が好意を持ってくれたのは、わかっていた。休日を利用して、デートをしたことも数度あった。彼は明るく、話もうまく・・・。むしろ私なんかに興味を持たなくとも、女性はいくらでも他にいるだろうと思った。家に連れてゆき、父と引き合わせたこともあった。たぶん、結婚してもいいと思っていたに違いない。父も彼を気に入ってくれたようだ」。

「でも、私はもう彼と会おうとは思わなかった」。みわが幼い時に母と離婚して、男手で育ててくれた父がいたからである。

前野の関西支社転勤を知った父が呟く。「みわ・・・悪くないと思うがなあ。彼の傘にはいってみるのも・・・」。「お父さん!」。新幹線のホームに駆けつけたみわが、動き出した車内の前野を見つけ、笑顔で叫ぶ。「来週、雨やどりさせてもらいに行きます!」。車内から嬉しそうに両手を振る前野、見送るみわの目に涙が――上質な映画のラスト・シーンのようだ。