墨子は、徹底した非戦論者・平和主義者だった・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2521)】
フサアカシア(ミモザ。写真1~4)、サンシュユ(写真5~9)、セリバオウレン(写真10~13)、ヤブイチゲ(写真14、15)が咲いています。因みに、本日の歩数は12,584でした。
閑話休題、浅学にして、私は墨子という名は知っていたが、どういう思想を説いたのかは知りませんでした。『墨子よみがえる――「非戦」への奮闘努力のために』(半藤一利著、平凡社ライブラリー)のおかげで、墨子がどういう人物であったか、その思想はどういうものであったか――を理解することができました。
著者は、ここが『墨子』の一番肝腎なところだと、敬愛する駒田信二の墨子評を引用しています。「墨子はまず幸福な生活の根本は人々が互いにひとしく愛しあうことにあるとした。兼愛の説がそれである。愛の普遍を求めるならば当然平和を求める。そこから、侵略を非とする非攻が主張された。兼愛の根拠として、墨子は主宰者としての天を認め、神の存在を認めた。そして、万物の主宰者として天があるように万民の主宰者としての君主を認め、天が万物を平等に育成するように、君主が万民にひとしく福利を与えることが、天の意志であり、神の心にそうことであると説いた。これが天志の論であり、明鬼の説である」。
「およそ墨子のことを少々なりとも知っている人は、『非戦』の思想とともに、普遍的人類愛のことを説いた『兼愛』の二字を想いうかべるにちがいない。この独自の人類愛的な理念にもとづいてその上に、墨子は非戦論、平和論を強く主張するのである」と、非戦論者・平和主義者の半藤一利だけに、力が籠もっています。
「墨子は、人類がみんな平等に愛し合い、差別することなく認め合い、お互いの利益のために汗水流して尽くし合いさえすれば、この世から愚かな戦争はなくなる、と説き、それを実践遂行したのである」。
「墨子は、あに侵略戦争のみならんや、骨の髄から戦争そのものを嫌った。いかなる戦争にも正義はない、と説きに説いた。戦争をなくそうと主張した。攻めるほうにも守るほうにも戦いをして何一つ利するものはない、害あるのみ、と説いた。ただいたずらに人びとの生活が破壊され、大量の物資が消費され、何の罪もない人の生命が奪われるのみ。治国平天下、ヒューマニズム(兼愛)によって平和を維持して、人びとを安穏幸福たらしめよう、それこそが人間のなすべきところ、と墨子はひたすら奮闘努力しつづけたのである」。
著者は、「現代日本に墨子が存在するとすれば、それは中村哲さんをおいて他にいない」と断言しています。アフガニスタンで灌漑事業を推進し、2019年に銃撃されて死亡した医師・中村哲です。